「朝だぞ」
「んー、げん、いち、ろ」
「・・・たるんどるぞ」

弦一郎の「たるんどる」には実はたくさんのバリエーションがある。今のは「おはよう」と「休日だからとごろごろするな」の合わせ技だ。十代のくせに、老人のごとく早朝(わたしから言わせれば深夜である)に起床する弦一郎は朝の稽古なるものを終えたあと隣の家に住むわたしを起こしに来る。一声かけたらすぐに今度は朝練に行かなくてはいけないのに毎回来てくれる弦一郎の律義さがとても好きだ。それに何より、この時間はいい事が起きる。1日の楽しみと言い換えたっていい。

「おい、起きんのか」
「んー、」
「・・・昼まで寝たりするんじゃないぞ」

それでも夢を貪って目を閉じているとため息をひとつ落とした後に、びっくりするくらいそっとわたしの頬を撫でて前髪を払ってくれる。あの弦一郎が、だ。大きくて豆だらけの手は彼がテニスに打ち込んでいる証拠だ。少し硬い、けれど大好きな手。高校生になってから、弦一郎は週末だけわたしに魔法をかけてくれるようになった。それを期待して毎週わたしはこうして寝たふりをする。ほんの少しの間だけ、幼馴染から恋するティーンエイジャーにわたしたちはなる、と至極詩的に表現したら蓮二は噴出して笑っていた。想像しようとするとモザイクがかかるというからまったく失礼なものだ。頬がにやけて仕方ないので寝返りを打つついでに顔を布団にうずめて隠す。

「・・・・・おい、」

あれ、まだ弦一郎が部屋から出て行ってない。珍しいなこんなに長居するのは、と思いつつも寝たふりを続ける。気配はそのままだ。

「・・・たわけ」
「・・・・は、」

一瞬だった。べりっと布団をまきあげられた、と思った時には額に暖かい感触がして、そしてすぐに冷えてゆく。寝たふりなんてする余裕もなく目を皿のように開かせると至近距離で弦一郎が目をゆるく眇めて笑った。ひええ、ちょっと君、それは色っぽすぎるんじゃないでしょうか。老け顔のくせに!

「寝たふりとはたるんどる!」
「あの、げん、いちろ、」
「バレバレだばかものめ」

そのたるんどる、はどう意味なの、とは聞けず。口をぱくぱくさせるわたしを置いてじゃあな、と何事もなかったように弦一郎が部屋を出ていくのと入れ違いに母が「なあにあんたたち、ふたりとも茹蛸みたいに」と言って入ってくる。フリーズしているわたしを余所に母は朝ごはんできてるわよ、と言いながらカーテンを開ける。それと階下からガタガタ、と音がして「だいじょうぶか、弦一郎くん?!」と叫ぶ父の声が響くのはちょうど同じころだった。


「もっもしもし?!れ、れれ、れれれんじ、げんいちろが!!わ、わああ」
「ねぇ、オレ幸村なんだけど」
「え、あ、あれ!?わあああ間違えましたー!!!」(履歴一番上にあるとばっかり!!)
「・・・すごく面白そうだから、今から家行っていいかい?いいよね?部活も手伝ってくれるだろ?」


-meteo-