きちゃった、といいながらばちんと音を鳴らしてやるつもりで決めたウインクのお返事は今日も丁寧な溜息で。ずらしてあげて見えた右の目尻がほんの少し緩んでいるような気がした。何も言わないのはお互い様だった。

「ここってお昼食べるにはほんと、向いてないというか気が滅入るっていうか、そう思わない?惣右介は」
「・・・毎日言っているような気がするが、それは僕の勘違いかな」
「だってほんとのことでしょ〜」

地下監獄最下層・第8監獄「無間」。毎日ここで昼飯を食べるのはわたしくらいのもんだろう。惣右介の前に座り込んで刀を下ろす。丸腰なのもいつものことだった。いただきます、と手を合わすとどうぞと返してくれる惣右介の律義さが好きだった。

「でさあ、真子が隊長になったんだけどね、」
「まあ、妥当な人事と言えるだろう。・・・で、それと関係あるのかな君の今日の昼食は」
「それ!アイツばっかみたいにドーナッツ寄越してくるからさあ〜きっと三日三晩はこれだよ」
「・・・暢気なものだ」

惣右介も食べる?と差し出すともちろん断られた。またしても溜息をつきながら、周りに配ってまわればいいと言われる。それは、少し違うんだけどなあとは言わないでおく。惣右介だからあげようと思ったのにとでもいえば、鼻で笑われるだろう。

「僕がそれを食べれば上に知れて厄介になるのは君のほうだ」
「あー、そうなの?それは困るなあ、もうここ来れなくなっちゃうね」
「どのみち平子真子に知れれば、時間の問題だろう」
「・・・ですねえ」

わたしと真子の付き合いはとんでもなく長い。真子が現世に身を隠していた時間の倍は一緒に過ごしていたのだから、わたしが昼休みにいなくなることとわたしの斬魄刀の能力、これを合わせれば気付かないわけがない。真子は風貌から勘違いされることもままあったが、正しくて熱い人間で、それだからわたしを叱りこそすれども見捨てたりしないということももちろん知っていた。そしてそれに甘えて、ここにいる自分の浅ましさにも。

「・・・なんで、わたしには鏡花水月効かないんだろうね」
「・・・・・なんでだろうな」

惣右介の声が柔らかくにじむように聞こえるのが、錯覚だったらよかったと少しだけ、思ってしまう。もう百年以上聞きなれた声はわたしの鼓膜から入りこんでいとも簡単に心を揺らす。虚圏についていったわけではない、謀反の計画を知らされていたわけでもない。それでも、惣右介はやさしい。どんな事実を告げられても見せられても、惣右介を嫌いになることだけはどうしてもできない自分が憎かった。


(鏡花水月は好きな人には効かないとかだったらかわいいと思ったけど消化できなかったやつ/平子短編とつながってる)

-meteo-