魔が差してしまったのだ。モモンガさんやクザンさんの目の届かないところでの魔法はだめだと約束はした。けれど、誰もいない会議室なんだから魔法をつかったってバレやしない。それも掃除なんて罪の無い呪文。そうわたしに囁いた悪魔は、今頃高笑いをしているだろう。ロコモーターの呪文でモップやバケツを総動員させて、スコージファイを唱えているちょうどそのとき、ガチャリとドアの開く音がしたのだから。
「オイ」
後ろから聞こえた唸るような低い声に背すじがびくんと跳ねる。まずい。魔法を使ったのがバレるとモモンガさんに叱られる。なんとかしなくては。小声でフィニートの終了呪文を唱えてから、とりあえずの愛想笑いを貼り付けてなんでしょうかと振り返った。
「今のはなんだ?」
なんだ、はこっちが聞きたい。
てっきりイカツイ顔をした海兵さんを想定していたのだが、真反対の人がいた。いや、顔は思っていた以上にイカツイけれど。顔の真ん中に真一文字に傷があるし、ぶっとい葉巻を口に咥えて、これをマフィアと呼ばずにいられるかといった格好をしている。おまけに左手はフックになっている。世界が違っていても、彼が海兵でないことぐらいわたしにも分かる。
とりあえず、思ったよりも事態が悪いことだけは理解できた。わたしがごまかさなくてはいけないのは、魔法を使ってラクをしたことじゃなくて、魔法を使えることだ。
「えっと、その……」
「とぼけるな。その能力はなんだ?って聞いてんだ」
「……えーアクマの実の能力です」
「んなこたァ分かってんだよ」
どうしよう。なんかこう、掃除をするような……感じの能力の名前……
「……あ!えっと、う…ウォシュ?ウォシュウォシュの実です!」
なかなかいい線いっただろうと思って言ったのに、マフィアの人はクハハハ、と変な高笑いをはじめてしまった。何かとんでもなくまずいような気がする。
「ほォー?お前がウォシュウォシュの実の能力者ねぇ……」
「そ……そうですけど?」
「あの大参謀おつるがこんなガキだとは知らなかったなァ……」
「……あ」
そうだった!なんかするっと出てきたなと思ったら、この前おつるさんに教えてもらった能力の名前だ。それからもうひとつ思い出した。頭の中でモモンガさんの講義がリプレイされる。アクマの実っていうのは同時に同じ能力者は生まれない、らしい。もうどうしたら。
「……『そ、そんなに若く見られるとは嬉しいねェ』」
「……それはマネをしてるつもりなのか?」
「………」
あまりにも冷たい視線だった。この人もヒエヒエの能力使えんじゃないの。いや能力は被らないんだけど。もうほんと、恥ずかしい。消えてなくなりたい。
そうだ、消えてなくなればいいじゃない。
しばらく魔法禁止で過ごしてきたせいか、魔法使いとしての感覚が抜けていたらしい。姿くらましをこの世界でしたことはないけれど、遠くなければきっと大丈夫だ。魔法を使ったことは怒られるかもしれないけど、このまま全部バレるよりはいくらかお説教もマシになるはず。
「オイ。何黙ってやがる?」
「ひえっ」
ガッシリと掴まれた腕に、あわてて姿くらましを諦める。無理やりやったら絶対ばらけるからだ。やっぱりダメなことはダメなんですよ。頭の中の天使が訳知り顔で囁くがもう遅い。もっと早く言ってくれ。
「テメェ、名は」
「……なまえです」
この後青キジに見つかるルートと社長に誘拐されるルートを想像してにやけてます
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