どこかの国の監獄の天井には、閉塞感をやわらげるために青空のペイントがされている、というのをふと思い出した。

私の視界に広がる天井と青。ガラス玉みたいだといつも思う美しい瞳の色。

「ワオ、流行りのやつだね海馬くん」
「なんだそれは」

海馬くんは怪訝な顔をする。今の状況を説明するとだだっ広い彼の書斎の床にだらしなく寝転んで睡眠をとっていたわたしと、それにイライラを募らせてついに実力行使にでた海馬くん、というわけだけど。

「床ドンっていうんだってよこーいうの」
「貴様、この前は壁がなんとかと言ってなかったか」
「鋭いね。多分それが派生したやつ」
「ふぅん。くだらんな」
「全く」

鼻と鼻がふれあう距離(多分、海馬くんの鼻が高すぎるのがいけない)、世間が憧れるシチュエーション。けれどわたしたちにはそんなの関係ない、どこかの国のニュースみたいにひどく遠い話。それは確かに海馬くんの言うとおりくだらなかった。ちょうどわたしたちみたいに。

「運んでやるから、寝室で寝るんだな」
「・・・海馬くんは」
「今日はもう寝る」
「ほんとう?」
「なぜ嘘なんぞつかねばならん」

丁寧に、けれど有無を言わせない力でわたしの体がふわりと浮く。海馬くんはほんの少し通り過ぎるだけの廊下もいちいち灯りを灯しながらわたしを抱きかかえて歩く。優しく、いっそ神経質と言えるほど慎重に。

「おやすみ」
「ああ」

わたしが暗闇が怖いと思うのは、魅かれるからだ。月夜さえ通らない濃い暗闇が、私の体を包み込んでなにも見えなくさせてしまう。残酷なほど優しく、記憶は鮮やかにわたしの脳裏を駆け巡る。何の妨げもなく。そうしてわたしはいつも、その名を呼びたくて仕方なくなる。アテム。彼がいた証がその名前だけになって、もうどれくらい経つだろう。わたしはいつまでもばかみたいに、信じられないでいる。

「なまえ」

暗闇の中で、海馬くんの声が響く。それは咎めるような響きだった。

「目を閉じなければ眠れんぞ」
「・・・うん」

暗闇に目を凝らしてアテムを探しているのはわたしだけじゃない。お互い様なのだ。海馬くんはきっと自分に言い聞かせている。強くてやさしい人。そしてそういう部分をかたちづくったのは他でもないアテムだ。海馬くんもわたしの中にアテムを見つけているんだろうと思う。間違っていたってなんだって、それでいいのだ。わたしたちはいつも、ばかみたいに抱きしめあって眠る。だってそうでもしないと、夜は長すぎる。



(息苦しい、生き苦しい)

-meteo-