深夜。薄汚れた廃アパートを改造してつくられたアジトの中で活動しているのはルパンひとりだった。彼の相棒である次元は隣の部屋で気持ちよく寝ているし、五右門は修行の旅に出ているとかでしばらく姿を見ていない。不二子には手痛く振られたばかりだ。それでも、静かな夜を鼻歌で彩りながらルパンはひとり上機嫌だった。片目につけた拡大鏡を覗き込みながら、ドライバーを器用に素早く回す。思いつきでやってみた改造だったが、この分だとうまくいきそうだ。

ゆっくりと、立て付けの悪い扉が開く音がしたのはその時だった。キィ、というその音にルパンは作業の手を止めて顔を上げた。

「る、るぱん、」

大きな瞳に涙を溜めて、今にも零れそうなのを見つけてルパンは柄にもなく焦って少女に駆け寄った。扉から半分だけ体をのぞかせて、不安げに立ちすくんでいるのをどうにかしてやりたくて、目線を合わせて頭を撫でてやる。できるだけ優しい声で、どうした?と聞いてみる。

「怖い夢でもみたのか?」
「ふぇ、っく、うぇえ」

夢、という言葉を聞いた途端ぶわっと零れ出る涙で、その質問が正解だったことにルパンは気付いた。嗚咽混じりで喉を鳴らしながら何かを訴える少女の声に耳を傾けながら、強く腕に抱き込んで背中をさすってやる。途切れ途切れにルパンが、次元が、とかこわかった、だとかが溢れ出るように紡がれる。繋ぎ合わせてなんとなく分かったのは、どうやら自分たちが居なくなる夢を見たらしいということだった。それがただ見失っただけなのか、離別なのか、或いは死だったのかは分からない。けれどわざわざ聞き出して恐怖を強めるのも可哀想だと、ルパンは涙を指で拭ってやるのに努めることにした。

しばらくしてぎゅう、とシャツを強く掴まれる。この感触には覚えがあった。ルパンは少女と初めて出会った日のことを思い出して目を眇めた。小さくて震える白い手を、もしかしたら、傷つけてしまうかもと触れるのを躊躇ったこと。

でももう、大丈夫なのだ。確かに俺の手は綺麗ではないし、人だって殺す。けど、少女に触れても壊すことはない。慈しむ手でもあるのだと。そしてそれを俺に教えてくれたのは彼女だった。ひと目見ただけでわかるのだ。俺だけじゃなくて次元や五右衛門、不二子の愛情を一心に受けて、こんなにも愛らしく育っている。

ルパンはそれらを思い出して、懐かしさに目を細めて笑った。今自分は、優しい目をしてるのだろう。こんな笑い方もきっと、今まではしたことも、する必要もないと思っていた。

「る、ぱん?」

ぱちくり、と瞬かせた瞳が涙にぬれてキラキラ光った。けど、もう流れない。

「ああ、ごめんな。なんでもないよ。それより、今日は一緒に寝ようか」
「いっしょ、」
「そう。そしたらもうこわ〜い夢なんか見ないだろ?」
「・・・ほんと?」
「あったりまえ!知ってるだろ?このルパン三世に盗めないものなんてありゃしないのよ」

お分かり?と確認すると元気よく返事をして飛びついてくる少女を片腕に抱いてルパンはベッドに沈み込んだ。ネクタイを素早く外して適当に投げ捨てシャツのボタンを数個緩める。

おやすみを言ってやろうと少女を伺うも、既にうつらうつらと船を漕いでいる。表情に陰りはない。ほっと胸を撫で下ろしながら、ルパンは代わりに額にキスをひとつ落とした。さあどうやって彼女の夢を盗んでやろうか。喉だけでひとり笑って、追いかけるようにルパンも目を閉じた。

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