傍から見たらお上品なカップル。
巳波は軽率に雅を皮肉り、
雅は容易にそれに乗せられる。
2人共人混みが好きでは無い為休みが合う時は家でまったり過ごす。けれど話すのかと言われればそういう訳ではなく。同じ部屋には居るものの各々自由に過ごす。
表面上はあっさりしているように見えるが、実際はそうでも無い。
二人について
詳細
馴れ初め
「乾杯」
『か、乾杯…です……』
今私の隣でにこやかに酒を飲んでいるのは、有名アイドルグループのŹOOĻに所属する棗巳波さん。自分とは別世界の人間の家へ上がり込み、共にお酒を飲むだなんて小説の中でしかありえない出来事に脳が処理をしきれていない。
かと言って棗さんとは出会って間も無い訳ではなく、本当に幼い頃、私が小学生の頃によく立ち話をする顔見知り程度の関わりはあった。もちろん仲良くなったかと思えばすぐに彼は海外留学へ行ってしまった為、連絡手段もなくそこでぱったりと関係は切れてしまった訳だが。
幼少期の頃から彼は私の中ではかっこいい王子様で、当たり前だけれど周りの男の子よりも大人びている彼に惹かれていた。幼いながらに私はかっこいい棗さんに似合う女の人になる!なんて意気込み、彼が帰国した後も会うことはなく(否、彼の所属するŹOOĻのライブには参加したけれど)ただただ必死に自分磨きやら細かい所作等を身に付けることに必死になっていた。自分の納得の行く大人の女性になるまでは会わない、なれた時に自分から会いに行こう。と胸に誓っていたものの、人生はそう甘くも行かず。自ら彼の元へ行く前に彼の方から私の目の前に現れてしまった。
変装しながらバイト先へ来た棗さん。てっきり私の存在なんて忘れているとすら思っていた彼が目の前に現れ、思わずスキャナーを手から落としてしまった。カツンと大きな音を立てるそれを慌てて拾い上げ、震える声で対応を続けた。…とまぁ、これ以上深堀すると本来話す内容を話すまでに5億年はかかるだろうから省略させてもらおう。
『あの、な、なんであの時私のバイト先に……』
「雅さんのお母様が教えてくれたんです。」
母親め…とため息をつく。個人情報ガバガバじゃないかと怒りたくなるが、母が棗さんに伝えてくれた事でまた再会出来たので仕方なく許してあげよう。
名前を呼ばれるだけで、優しい微笑みを向けられるだけで、心臓が早く脈打ち顔に熱を帯びる。気の所為だと、余計なことを考えるなと脳をアルコールで麻痺させる。今の私は、まだ棗さんの隣には相応しくないから。
アイドルと一般人の差は計り知れないもので、どれだけ努力をしたところで女優さんや、女性アイドルにはもちろん適わないし、ただ泥濘の中を走っているようなものでしかない。それでも、彼を好いている一般人の中でいちばん相応しい人になれたら。そう思って生きてきた。
彼がいない生活でも私の生活の中心は棗さんで。出演するドラマも、ライブも、欠かさず見て、参戦して。画面越しだとしても彼の顔を見れるだけで、声を聞くだけで、彼の作る音楽を聴けるだけで満足だった。彼への感情に蓋を閉じ、ただのファンでいようとすら思っていた。もう、過去の私の事なんか忘れて、二度と彼に認知されなくてもいいとさえ思っていた。
そう思っていたのに。何年も会っていないのに私のことを忘れず、自ら会いに来てくれて、連絡だってどれだけくだらない内容でも返してくれて、こうやって、定期的に会っては話をして。もしかしたら自分は特別なのかもなんて自惚れてしまいそうで。塞ぎ込んでいた感情が溢れだしてしまいそうで。
けれど彼と私は違う世界の住人で。こうやって密会しているのもいつ週刊誌にすっぱ抜かれるか分からない。彼にはŹOOĻという居場所があって、大切なものがある。それを私なんかが壊してはいけない。そうしない為にも、もう彼とは関わらず、1ファンとして彼を応援するのが1番なのだ。私自身だって、それでいいと思っていたのに。
「え、ちょっと、どうして泣いているんですか?」
『え、あ、ご、ごめんなさい……』
困ったような表情で、優しく私の涙を拭う彼を見て、期待をしている自分がいる。もしかしたら、そんな淡い期待。自身の想像以上に膨らんでいた感情が涙と共に溢れて止まらない。こんな時で考えているのは彼のことで。優しくされて嬉しいはずなのに、優しくしないで。いっその事この瞬間に手酷く突き放してほしい。期待させる事が、どれだけ残酷なことか。
『わ、わた、私……もう、棗さんと会えません』
「はぁ?いきなり何を言い出すんですか」
『ダメなんです、私なんかがこんなに優しくされるなんて』
『住む世界が違って、こうやって会っているのも、いつ週刊誌に抜かれるか分からないんですよ。私は、貴方の大切な居場所を壊したくないです』
「……」
『棗さんの事が好きでした、小さい頃からずっと。今も、好きです。だから、もう会えません』
「…会うのも、連絡を取るのも、全て私がしたくてしているんです。週刊誌に抜かれるのを覚悟した上でしているんです。」
『嫌です、そんなリスクを犯さないで、貴方にはŹOOĻという居場所が……』
「そのリスクを犯してもいいと思えるほど、私は貴方のことが好きなんです。どうしてそれに気付かないんですか?」
頬を包まれ、強制的に視線が交差される。まるで目を逸らすなと言わんばかりのその視線に、私は従うことしか出来ない。
「貴方、私がどうのと言うだけで自分の感情を押し殺して……。本当の事を言ってください。言うまで今日は帰しませんよ」
『……でも』
「ほら。早く。何を言っても受け入れますから」
彼から発される圧に口を開くも声は出ず。ただ口をはくはくとさせていると彼は指の腹でそっと頬を撫でる。全てをぶつけてしまえばもう会うことも無くなるだろうと、私は意を決した。
『わた、し、私、は…棗さんの事が好きです…初めて会った時から、ずっと……会えなくなってからも…ずっと棗さんの事だけ考えて……それで……相応しい人になろうと……頑張って、きました…でも、立場的に、棗さんは別世界の住人で……私は相応しく、なくて……でも、やっぱり棗さんと一緒に居たい、です…これから先、ずっと……隣に居たいです……』
「あぁ、そんなに泣かないで。…ふふ、私達両思いですね。……それで、貴方は私と両思いなのにそれを無かったことにするんですか?」
『ぁ…え、と……』
「ほら。素直に言ってご覧なさい」
『……も、もっと頑張って相応しい人に、なるので…私と、付き合ってくれ、ますか…?』
しゃくりあげながら思いの丈を伝えると棗さんは「よく出来ました」と私を包み込む。その腕の中がとても温かくて私は思わずまた泣いてしまった。