bitter/sweet

ウタさんとハッピーバレンタイン/夢主人間

今日のウタさんはなんだか違う。
いつも何考えてるかよくわからないけど、今日は更にわからない、感じ。

「ねえ寝子さん」

ソファーの隣に座った彼の手が迫る。そして、耳元の髪を掻きあげて、そのまま近づいて耳を食む。耳朶に柔らかい感触、そして口ピの硬質な金属がヒヤリと当たる。

「ちょ、ま、くすぐったい……!」
「知ってる」

付き合ってるとか付き合ってないとか、そういう恋人らしい決まり事とは無縁だったけれど、なんとなく知り合って、どちらからともなく一緒にいるようになって数か月。

でも一緒に出かけても手すら繋いてくれないし、一緒にいても別に何も起こらないし、やっぱり友達からは抜け出せないんだ、と半ば諦めていた関係。

それなのに、突然のこの距離の詰め方は何事なんだろう。

積極的に拒否してるわけじゃないけど、そんなことを考えてなんとなく身体を離す。
けれど、すぐにソファーの端に追い詰められてしまった。

「ええとウタさん、今日どうしちゃったの?」

焦ってそう言う私の顔を見て、すこし考えるような素振りを見せたウタさんは、そのまま私の肩にもたれかかって呟く。

「どんな味なのかな、と思って」
「……何が?私が?」

友達でも恋人でもなく、食料になる日が来てしまったのか……と身構えると、あぁ、それはちょっと知りたい、と言ってくすりと笑う。

「チョコ貰ったんだ。バレンタインだから、って」

人間のお客さんなんだけど、何度かオーダーしてくれてて。バンドのステージ衣装にしてるんだって。

そう言いながら、テーブルの脇に置いていた紙袋へ手を伸ばして、可愛く、いや見方によっては悪趣味にも思えるラッピングの包みを取り出した。

私の肩に頭を預けたまま器用に紫色のリボンを解き、ポップだけれど毒々しいイラストが描かれた包装を外した箱の中には、コウモリに蜘蛛の巣、ガイコツや目玉。

いかにも彼のマスクを好む子らしい、それっぽい形を模したチョコが並んでいる。

「見て。コレ、ぼくのおやつと一緒でかわいい」

そして、そのチョコの中から目玉を模したものをひとつ抓んで、私の口に放り込む。

「ん?!」

口の中に広がるチョコの香り。中にはラズベリーのような甘酸っぱいソースが仕込まれていて、歯をたてるととろりと流れ出すソースが、ほろ苦いチョコとマッチする。グロい見た目に反して、意外とイケる。

「美味しい?」

彼の問いに、美味しいよ、と答えようとした瞬間、唇を塞がれた。
息つく暇もなく差し込まれた舌が、私の舌を探し当てて絡みついてくる。

突然のことに固まるしかない私をよそに、ゆっくり味わうかのように舌を転がして、彼は目を細めた。

「うん。これが人間の甘い、なのかなあ」
「な、何の話?」
「チョコの味。食べられる気はしないけど」

もうひとくち、そう言ってウタさんはまた唇を重ねる。
一体、これは何が起こっているんだ。チョコの味を確かめるのに、都合よく隣にいた味のわかる人間であるところの私、を使わないでほしい。何故なら私が翻弄されまくっているからだ。

頭の中で、理性を保とうと必死になる。そうでもしないと目の前の事態が把握できない。いきなりにもほどがある、と思う。

「……甘い。でもこれはきっと寝子さんの味」
「はあ……」

きっと、ウタさんには何の他意もないんだろう。いつもと変わらない平坦なトーンで納得した様子の彼は、チョコの入った箱をテーブルに置いた。
そのとき、何かカードのようなものが落ちて、それをそのまま拾い上げて隠すわけでもなく目の前で眺める。

この内容、おそらく、いや間違いなくラブレターというものなのでは。

「ねえ、どうやらモテ期だったみたい」
「そのようですね」
「そんな感じ、全然しなかったのになぁ」

そう言いながら、カードをチョコの箱の隣にそっと並べた。
その動作を眺めながら、なんとなく、そうじゃないかと思いましたけどね、と私は心の中で毒づく。

この数十分がなんだかおかしいだけで、ほとんど友達、むしろ顔見知りと変わらない立場の私には、どうこう言う権利もないけれど。相手は人間、のはずだ。
人間の私としばらく一緒にいるくらいだし、何の問題もないのかもしれないけれど、ウタさんはどうするつもりなのだろう。

「お返し、何あげればいいんだろ」

ああ、こんな会話をされていること自体、きっと私に脈などない。この数か月、何の進展もなかったし、もう分かり切っていたことだ。今更だ。
それなら、バレンタインという風習に慣れ親しんだ物分かりのいい人間の知り合い、に徹するほかない。

「こういうのって、返事による、よね」
「返事?」
「あの、カードの」

私がテーブルの上のカードに目をやると、彼も同じ方に視線を送る。

「あのね、ぼくがどんな返事すると思ってるの」
「分からないよ、ウタさんが考えることなんて」
「そっか。寝子さんはそういうタイプなんだね」

どういうタイプだよ、と思うより早く、私の身体は彼の腕の中にすっぽりおさまっていた。
口から飛び出そうな心臓の鼓動がうるさい。彼の腕の中は暖かい。

どこかに神様がいるなら、悪い冗談は早めに切り上げてほしい。そうじゃないと、勘違いしてしまいそうだから。この時間が永遠に続いてほしくて、心臓が止まってしまいそうだから。

「ちゃんと言葉にして、行動してあげないと駄目なタイプ」
「は?」
「ぼくは一緒にいるの、結構楽しいんだけどな」
「ん?」
「寝子が好きだから一緒にいてください、って言ってるの」
「えええええ?!」
 
そこ、全然驚くとこじゃないと思う、と言って、私を抱きしめる腕に力がこもる。
これは暗に、いやものすごくストレートに、告白された、らしい。ついでに敬称も取れた。

「一緒にいてくれるから、すっかりそのつもりだったのに」
「だって、ウタさん分かりにくいし」
「改めて言うの、恥ずかしいんだよね」

珍しく焦った様子で口籠る彼を見ると、どうやら冗談ではないらしい。

「で、寝子の返事を待ってるんだけどな」
「返事?」
「こういうすれ違いって、連帯責任でしょ?」

私を抱きしめて、肩に顎を乗せたウタさんが意地悪そうな声で囁いた。表情は見えないけど、きっと意地悪そうに笑ってる、はずだ。

あー、とか、うー、とか、私も散々口籠った結果、ひとこと「ハイ」とだけ伝える。
本当だ。大人になってこういう告白めいた会話、死ぬほど恥ずかしい。

よくできました、って私の額にキスを落とした彼は、柔らかく笑った。
あ、そんな表情もあるんだな、なんて見惚れていると、唇の端に不意打ちのような口付け。

「今度は味見、じゃないよ」

そう言う彼の瞳はもういつものような平静さを保っていて、少し残念な気持ちを浮かべつつ、深い感覚に溺れた。
でも、きっとすぐ見れる気がする。笑顔だけじゃなく、もっといろんな表情の彼を。

その予感は現実になって、私はこの直後、思いっきり照れたウタさんを見ることになる。

「あの、か、彼女いますってちゃんと言う、から」

だめだ、寝子に面と向かってこういうの、調子狂っちゃう、とタトゥーだらけの手で顔を覆った彼を、私から抱きしめる。
色白なウタさんは耳まで真っ赤になってて、なんだこの可愛い生き物、と内心可笑しくて、でも愛しくて。

ごめんね、ウタさんにチョコを贈った誰か。そして有難う。
あなたの贈ったチョコには魔法がかかっていて、何の因果か私に奇跡が起こったのかもしれません。

誰かのチョコレートが繋いだ、喰種と私のとあるバレンタインに纏わる、にがくて甘い一粒のおはなし。