Fairy Godmother



「……ご満足、頂けましたか?」
「いえ、全然」
「……あの、体がですね。その。痛いといいますか」
「終わったら、マッサージでもして差し上げますね」
「あー……はい、お願いしマス」

彼の部屋に拉致されておおよそ二時間。変わり果てた爪を弄びながらそれとなく解放を要求したものの、視線すら合わずに一蹴された。
白のフレンチにワンポイントの桜色、華美になりすぎないよう数個散らされたストーン。相変わらず、小憎らしい程素晴らしい出来栄えだ。
普段以上に据わった眼をしている彼は私の背後に回り、今度はそっと髪を一房ずつ持ち上げ櫛を通していく。フルコース確定。この後三、四時間は部屋に帰して貰えないだろう。

「痛かったですか?」
「ん?あぁ、いや。大丈夫ですよ」

 溜息と共に動いた頭がそっと戻される。どれだけ疲れていても、苛々していても、この優しく繊細な指先の動きは変わらない。まぁ、何が言いたいのかと言うと、こうして毎度絆される私も悪いのだ。

イソップさんは、日々溜まっていくストレスを小まめに発散するのが致命的に下手くそだ。本人曰く「ストレスを上手く認識出来ないので、発散も何もないです」らしいが、いざ爆発した折に巻き込まれる側としては堪
ったものではない。

「楽しいですか?」
「はい」

短く返され、仕方なしにくいくいと引っ張られる頭皮の感覚へ集中する。今回は編み込みの気分らしい。指定されたワンピースと施されたネイルから考えると、どうも清楚な風に纏めたいのか。

「……お渡ししたオイル。ちゃんと、使って下さってるんですね」
「まぁ、そこまで面倒なものでもないですし。良い香りなので」
「ふふ。嬉しい、です」

彼の顔を伺えないが、きっと頬を染めて照れ切っているのだろう。お付き合いをしてそこそこ経っているが、いまいち彼の照れポイントが分からない。可愛いけれど。

「リボンは、青と紫。どちらがいいですか?」
「…………イソップさんの、お好きなように」
「いいんですか?なら……」

しゅるり。
衣擦れの音と共に髪が固定される。どちらを選んだのだろう。どんな色で、私を飾り立てているのだろう。

任せて、しまったから。
何も分からない。

「ん。じゃぁ、最後。メイク、しますね」
 
必要な物が乗せられたサイドテーブルと椅子が移動する。指示されるままに、口を閉じて。開けて。目を閉じて。開けて。瞬きをして。ちょっとずつ、彼好みのモノが積まれていく。重たくはない。心地良い息苦しさに、包まれているだけ。

「……はぁ。うん、できました」

その言葉に、閉じたままだった目蓋をこじ開ける。目の前の彼は満足そうに頷いていた。

「完成ですか?」
「はい」
「……かわいく、なりました?」
「はい」
「それは何より」

手を引かれるまま立ち上がる。座りっぱなしだったせいで痛む体を僅かに伸ばせば、反った腰に手を添えられてそのままギリギリまで倒される。まるでダンスでも踊っているよう。ぐいっと近付く存外男らしい顔を眺めてあぁ、と今更ながら普段との相違点に気が付いた。マスクが無い。

 成程。私が許可を出したつもりだったけれど、彼は最初からこの予定だったらしい。

「できましたけど、まだ、終わりじゃないですよ」

ちゅぅ、とグロスを塗ったばかりの唇を吸われる。血色の悪いイソップさんの唇まで彩る艶やかな朱色が、非常に目の毒だ。

「……どうぞ、お好きなように」
「はい。ありがとう、ございます」

抱えられた拍子に、白いスカートが翻る。遠くに置かれた鏡の中で、深層の御令嬢と言っても通用しそうな女が男に押し倒されている。

わざわざこんな風に化かすだなんて、趣味が悪い。

2.5

春日狂想