執着心の行き着く先

 彼女の細い首を締め上げる。
 苦しさにもがく体を押さえつけ、親指で気道を塞ぐように。
 何十回、何百回と繰り返し見た夢の終わりはいつも同じだった。

「異三郎さん、私のこと……もう、要らなくなりましたか?」

 縋るように、震える声が言葉を零して、揺らぐ瞳から落ちる涙で我に返り手を離す。
 彼女に何かを伝えようとして、そこで目が覚めるのだった。

「……」

 起き上がり隣に目をやれば、規則正しく寝息を立てる彼女がいて。柄にもなく“怪物”は安堵の息を吐き出すのだ。
 昨晩なんども噛み付いた首筋に残るのは、私が付けた跡だけ。そこに痣がないことを、指先でなぞって確認する。

 要らなくなったら、殺してください。

 結婚前、彼女の放った言葉に頷いたのは私自身だというのに。その『約束』を果たせなくなったのは、いつの頃からだったか。

「……胡春」

 そっと、白い喉に指を回し力を込める。
 この先も、不要になるなどということは無いだろう。けれど、彼女はどうだろうか。
 私のことが、不要になってしまったら?

(いっそこのまま、)

 殺してしまえば、いつまでも私に執着してくれるだろうか。

「……異三郎さん?」

 耳に届いたその声で、反射的に手を離した。目を覚ました彼女はただ不思議そうに私を見上げていて、

「……すみません。少し、寝惚けていました」

 黒い感情を誤魔化し蓋をして、それが見えないよう彼女に目隠しをする。
 それでも、飼い猫は何かを敏感に感じ取り、

「……異三郎」

 唇が弧を描いて、宥めるように私の名前をなぞった。

「……胡春さん、もう一度呼んでください」

 促すと、猫は恥ずかしげに目を逸らし緩々と首を振る。そのまま布団を被り、もぞもぞと身を隠してしまった。
 その様子を見送って、小さく笑いながら布団を捲り上げる。

「……胡春、出て来なさい」

 微笑みを向ければ、猫は「にゃあ」と小さく鳴いて身動ぎし、私の胸に体を寄せた。

「……」

 このまま、彼女の目を抉ってしまえば。彼女の手を、足を、切り落としてしまえば。私のことだけを必要としてくれるだろうか。
 何度も想像したその幻の末路は、彼女の泣き顔で終わる。
 暇さえあれば私の姿を盗み見るこの娘は、私に抱きつくことが大好きなこの娘は、私が離れると追いかける寂しがり屋のこの娘は。『それ』が出来なくなった時、きっと泣くのだろう。
 「殺してほしい」と縋る彼女の手を振り払い、共有する幸せを願ったのは私なのに、おかしな話だ。

「……異三郎さん、好き。大好き」
「……知っていますよ」

 照れたように呟く体を優しく抱き寄せて、甘い香りのする髪に顔を埋めた。
 それに応えるように、彼女の手が私の背を撫でる。

「異三郎さん。私、異三郎さんがいないと息ができません。異三郎さんがいない世界をどうやって生きていけばいいのか、もう忘れました」
「……ええ」
「異三郎さん、ずっと側にいてもいいですか」
「当たり前でしょう」
「……異三郎さん、愛してます」
「……私もですよ、胡春さん」

 伝わる体温に、黒い感情の満たされる音がした。

(2020/10/28)


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