犯人からの要求は
午後六時、優はまだ帰って来ない。迎えに行かせた樹久もまだだ。嫌な予感に心がざわつくが、何とかして落ち着かせる。
(アイツまさか……そのまま優をつれてどこかに……)
壁にかかった時計と腕時計を交互に見ながら玄関の前で待っていると、勢い良く扉が開き、荒く息をする樹久が入ったきた。優の姿はない。
「お前、優は」
「優ちゃんが……」
俺の言葉を遮る樹久の真剣な声。顔を上げた樹久の鋭い瞳と目が合う。珍しい、こんな真面目な面を見るのは久しぶりだ。何かあったのか?
「……優がどうした」
「……誘拐、されたかもしれない……」
「!!」
ゆうかい……誘、
「待て真也!」
「どけ!!」
樹久は玄関の前に立ちふさがり、出て行こうとした俺を止める。
待っていられるわけがないだろ。
「優は俺が護るって約束したんだよ!!」
「だからな! 犯人から何か要求とか、」
瞬間、樹久の携帯が鳴った。
急いで取り出し、画面を見ると、非通知の文字が表示されており、樹久はしばらくその文字を見つめた後、通話ボタンを押して携帯を耳に当てる。
「……はい、城田ですが」
『お子様はこちらで預かっております』
漏れて聞こえた声に耳を傾ける。
樹久は一旦耳から携帯を離し、スピーカーのボタンを押した。
「何が目的だ。優ちゃんを返せ」
『かわええよねぇ……優ちゃん。ほっぺたもぷにぷにやし』
鼻声から一変、素の声に変わる。奧からは優の「くすぐったいよー」と言う可愛らしい声が聞こえ、呆気にとられた。
そんな俺とは反対に、樹久の真面目な瞳からは光が消え、死んだような目になる。
「あのさぁ、お前さ……」
『何かな?』
「何かな? じゃねーよボケお前、頼本隆(よりもとりゅう)だろゴラ」
頼本隆って言うのは、中学からの友達だ。いや、たった今『元』友達に変わったがな。
「よう、たかし君……よくもやってくれたなオイ……」
よく考えたら、隆は『たかし』とも読むよな。優を泣かせやがったたかし君と一緒じゃねーか。偶然だな。よし、コイツを抹殺して呪えば万事解決だ。
『まことちゃん、俺はりゅうっちゃ! りゅ、う!』
「誰がまことちゃんだ死にてーのか」
「なあ、お前何してんの?」
『ああ、そうそう! 優ちゃんな、一緒にデパートに行って遊んできたんよー! めっちゃ楽しかったー!』
それを報告するためだけに電話してきやがったのかこのバカは。
『あ、でさぁ!』
「なんだよ!」
『家、どこにあるん? 住宅地やけぇ家がいっぱいあって、どれが真也ん家かわからんそっちゃー! いやー困った困った!』
『優のおうちはあそこだよ!』
『え? ああ、アレ? わかったわかった! あ、今から連れてくわー』
ブツン、プー……プー……
通話が途切れ、家の前で車の止まる音が聞こえた。
速くないか。つーかはじめから優に聞けばよかっ……いや、まず誘拐すんなよ紛らわしいな!
「やっとついたー! えらかったわー!」
※えらかった=大変だった、疲れた、ダルかったと言う意味の方言。
「ただいまパパ! 優ね、いきなりつれていかれてね、びっくりしてね、」
興奮気味に話す優と、へらへら笑う隆。樹久と二人して胸倉を掴み睨みつけるが、はははっ!と笑うだけ。ウザってェ……
「何なん? 二人とももしかして、誘拐やと思ったん? はっはー! 普通に考えてみーや! こんな人目も監視カメラも多い場所で拐うなんてリスク高すぎやろ! 過保護やねぇー!」
「んだとてめェ……」
「そのクルクル癖っ毛を燃やしてやろうか? ああん?」
「暴力はいけんっちゃー! なあ、優ちゃん!」
「優に話しかけんな」
「ロリコン野郎」
「ロリコン野郎は樹久やろー」
住宅地に、隆の叫び声が響いた。
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