涙のわけ


 ある日曜日、昼二時のこと。
 朝七時に起き、テレビの前に貼りついてプリキュアのアニメを見た後、元気良く出かけ、十二時に帰ってきて昼ご飯を食べた後また出かけて行った優。が、泣きながら帰って来た。

(どこのどいつが泣かせやがった。内容によっちゃぶち殺……)
「あらー、優ちゃん今日も可愛いねー…ところで誰に泣かされた? 優ちゃんの代わりにお兄さんが一発、首をキュッと締めてやんよ。俺殺ってやんよ。殺るときゃ殺るよ、お兄さん」

 今日も今日とてやって来やがった樹久は、泣いている優を見るなり、笑顔でそう言った。まあその気持ちはわかるっていうかむしろ俺が殺って……まあとりあえずは理由を聞くべきだよな。転んだ、とか、友達と喧嘩したってパターンもあr

「た、たかし、くんが……ひっく、たかしくんが……ゆ、優のこと、ぶったの……」
「よし任せろ。その『たかし』とか言うクソガキを抹殺すれば万事解決だな」
「待て真也落ち着け!! 何も解決しないから!! 暴力にモノ言わせるのはいかんよ!」

 玄関を出て行こうとした俺の服を掴み制止する樹久。ま、まあそうだな。何でもかんでも暴力で解決するのはいけないな。教育上。

「たかしくんが、ね……ぱ、ぱぱのこと……バカにしたから、優が……ひっく、優がね、いいかえしたら……うっ、たたいてきたの……」
「優……」
「優ちゃんは優しいなー」

 俺のために、言い返してくれたのか。嬉しすぎる……嬉しすぎて涙が……そのたかしとやらは後で全力で呪う。
 抱き上げて頭を撫でてやると、またぼろぼろと涙が落ちた。それを指で拭い、「ありがとうな」と言い微笑むと、嗚咽を漏らしながら言葉を続ける。

「それにね、き、きっちゃん……のこと、ひっく……オッサンだっていってバカにしたの……」
「こんのクソガキ!! オッサンの恐ろしさ思い知らせてやろうか!!」
「待てオッサン」

 鬼のような形相で殺気とともに玄関を飛び出そうとした樹久の首根っこを掴んで引っ張り、バランスを崩したところを足で引っかけると見事に倒れる。それを踏みつけて見下(みくだ)した。

「オッサンじゃない……つーか、踏んでる……真也、頭踏んでる……」
「もう泣くな、優。パパ達は大丈夫だ」
「ほんと……?」
「オーイ無視ですか……十年来の親友を踏みつけた上に無視ですか真ちゃん」

 踏みつける足に体重をかけると、ギブギブ!と喚いて床を叩く。が、無視する。

「本当だ。だからほら、また遊びに行ってこい」
「……うん!」

 服の袖で涙を拭いてやり、床に降ろすと、優はアイドル顔負けなほどの可愛すぎる笑顔を浮かべた。玄関の扉を開けてやると、靴を履いて出て行く。

「知らない奴に絶対ついて行くなよー! 車には十分気をつけるようにな! あ、犬にも気をつけろよ! 急に噛みつくやつもいるからな! それから……」
「真也、長い。それから、痛いです」

◇◇◇

 右左と十分に確認した後、横断歩道を渡ろうとした優に、一人の男が近寄る。走り出そうとした腕を掴むと、優はゆっくりと振り返った。

「優ちゃん……一緒に遊ぼう……」
「……おじさん、だーれ?」

 そう聞いた優の小さな体を抱え上げ、叫ぼうとした口を手で塞ぎ、片道に止めていた自分の車へと乗せるとそのまま走り去った。
 時刻は午後二時三十二分。優の父親と、父親の友人がこの事を知るまで、あと三時間二十八分。




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