メリークリスマス


世間はクリスマスだとか聖なる夜だとかで、随分とはしゃいでいるらしい。窓の外はどこもかしこもイルミネーションが輝いて夜を感じさせてくれない。
なんとなく、そう、自分もその空気に馴染んでみたくなって、薄汚れたベッドに腰を下ろし目を閉じて昔の記憶を掘り起こす。朝起きたら枕元に欲しいと思っていた大きなクマのぬいぐるみがあって、サンタさんが来ただとか大喜びした素直な自分を優しい顔で見つめていた両親。もうこの手でただの肉塊にしてしまったけれど、大好きで、大切で、確かに私に愛情を注いでくれていた彼女らを瞼の裏に思い浮かべた。
暫くそうして感傷に浸っていると扉の方からガタガタと音がした後、少し遅れてひとつの足音と焦げ臭い匂いが部屋の中を満たしていく。目を開いて後ろを振り返ると愛のカタチをした男が立っていた。鼻の奥をツンと刺す匂いが心地よくてひとつ、深呼吸をして男のそばに寄るために立ち上がるといつの間に目の前まで来ていたのかわざわざ立ち上がった体を押し戻すように肩をぐ、と押されふたりしてベッドに倒れ込んだ。
人間ふたりの重みを受けて古びた骨組みがギシギシと悲鳴をあげている。
シーツに沈んだ衝撃で周りに舞った埃を片手でヒラヒラと追い払い隣に寝転んだツギハギだらけの顔を覗き込むと目を閉じて静かに寝息を立てていた。
この人は多分、世間が浮き足立つような季節のイベント事なんかには興味がないんだろうな、と思いながら顔にかかった前髪を撫でるように避けるとほんの少しだけ眉間に寄っていたしわが薄くなったように見えた。安物の染髪剤で何度も染め直している髪はゴワゴワとして決して綺麗とは言えないが、それでもこの世のなによりも愛おしく自分の口角があがるのを感じながら出会った頃よりも爛れてしまったその身体に身を寄せて背中に手を回す。
抱きしめ返してくれる腕はないけれど、ただこうしてそばに居ることを許されている事実だけでどうしようもなく満たされる心が、心臓が、生き急ぐかのようにいつもより駆け足で鳴り響く。

「メリークリスマス」

返事なんてものは期待していない、ただの独り言のような呟きだったけど、どうやら聞こえていたようでゆっくりと開かれた瞳に私が映る。
まだ眠そうな声色のまま私の首筋に口を寄せるとガリ、と噛み付く。犬に噛まれた、なんて、声に出すと怒るんだろうなと思い唇をキュッと結ぶと小さく笑う声が聞こえてきた。ひとしきり笑った男はそのまま私を抱き寄せてまた眠りについてしまう。さっきよりも近くなった体温に体が熱を持つのを感じる。
窓の向こうにしんしんと降り始めた雪を眺めながら私は男の炎のように暖かい温度に包まれたまま再び目を閉じた。どうかこの人の蒼い炎がいつまでも、私の瞳に写りますようにと赤い世界に小さく祈りながら。

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