夜空のように深い紺色のドレスから伸びる彼女の脚はシルクのようで、舞台でみるよりもずっと白く艶めしかった。綺麗だ。一松はそうに思った。糸が切れたマリオネットのように舞台袖の隅で横たわる彼女は、虚ろな眼差しで足元に這いつくばる一松を見ていた。一松は彼女の虚ろな眼差しに耐え切れずに瞳を閉じると、瞼の裏にはワルツに合わせ、柔らかい髪の毛を靡かせながら人形のように踊る彼女が映し出される。いつも小さなテントの小さな舞台で、まるでフランス映画のワンシーンのようにワルツを踊っていた彼女は、今自分の目の前にいる。そのことは一松の胸を高鳴らせ、興奮させた。一松はタキシードとシャツが皺になるのも気にせずに、たまらず首元のタイを乱暴に緩めた。




一松はずっと、彼女を見てきた。サーカス団の仲間達とどの街へいるときも、この街へ訪れてからもずっと変わらずにみていた。






そして、彼女の足の形ぴったりに履かれたトウシューズのつま先から足首、ふくらはぎをなぞり、そっとドレスの中に手を忍び込ませ、太ももを包み込むように触れる。そこは一松が今までに触れたことのない柔らかさで、彼の手のひらにぴったりと収まった。彼女の曲線を見逃さぬようにゆっくりとなぞる。舞台から漏れる照明が彼女の脚をつやつやと照らしていた。彼女の体は深い森の奥のように、しんと静かで冷たく感じられた。埃の匂いがする古いカーテンの隙間から、舞台で戯けながら球乗りをする黄色いピエロの曲芸が見えた。




一松はこの小さなサーカス団の演目の中で、彼女のワルツが何よりも好きだった。彼女のワルツを見てしまうと、自分の猛獣ショーや球乗りピエロがとたんにつまらない曲芸になってしまうのだ。







一松はドレスの裾をたくし上げ、そっと唇で彼女の太ももに触れる。唇の方がより彼女の太ももの柔らかさやなめらかさを感じることができた。次は舌先でなぞると、その瞬間に彼女の体が小さく揺れた。一松はそのことが嬉しくなり何度も舌先でなぞった。その度に彼女の体は小さく揺れるのだ。一松は、自分の舌はまるで蜜を求めて這い回る幼虫のようだと思った。






「 」





一松の舌が脚の付け根まで達したとき、彼女は何か言葉を発したのだ。はっとして一松は顔を上げる。けれど舞台から流れる音楽にかき消され一松の耳まできちんと届くことはなかった。彼女の呼吸のリズムは乱れ、瞳の奥は深い森の奥の木々が揺れるように、小さく震えていた。


彼女の乱れた呼吸と震えた瞳がたまらなく愛おしくなり、一松は彼女に覆い被さると瞼にキスをした。彼女の呼吸を乱したのは自分だと、満足感が身体中に巡る。触れた瞼も、長い睫毛も震えていた。舞台から拍手が聞こえてきた。いつものようにパラパラとした寂しい拍手だった。きっとピエロが綱渡りに成功したのだろう。もうじき、彼女の出番。一松は、彼女が自分の出番の前に必ず黄色いピエロの曲芸をこの舞台袖で眺めているのを知っていた。一松は構わずに彼女の髪の毛を掻き上げ小さな耳を見つけ出すと、次はそこに唇を落とし耳の形に舌を這わせた。そこは彼女の体の中で一番に冷たく感じられた。そして一松は音を立てキスをし、舌先を耳の奥まで捻りこませた。一松は舌で何かを探すように耳の奥でくねらせる。彼女はその度に小さく震え、息を漏らし、瞳を滲ませた。彼女の鼓膜を水音と一松の舌先がうねる音だけが支配した。彼女の体は少しだけ熱くなり、一松の心臓が脈を打った。





「 」








また、彼女の唇が小さく動いた。こんなに近くにいるのに一松はまたその言葉を聞き取る事が出来なかった。本当は聞こえていたのかもしれない。そっと彼女の耳もとから離れ、彼女を見下ろす。一松の呼吸はすっかり乱れていた。彼女の瞳には涙が溜まり、今にも溢れ落ちそうだった。一松は心臓が苦しくなりたまらなかった。彼女の深い夜空のような色をしたドレスは、本番前だと言うのに既に皺を作っていた。








「きみのからだは、まだ誰にも触れられた事はないよね?」






一松は彼女に言葉を落とした。彼女は一松の下で哀しそうに笑うと、瞳に溜まっていた涙がついに溢れ落ちた。それは頬を伝い彼女の髪に吸い込まれていった。



一松は堪らずに彼女の首筋に噛み付いた。一松の歯はぎりぎりと彼女の皮膚を侵食する。彼女はその度に声にならない声を上げた。彼女の首筋には白く、彫刻のように完璧な曲線を描いていた。そこからゆっくりと離れると、一松の唾液が蜘蛛の糸をように彼女の首筋と一松の唇を繋いでいた。完璧な首筋には、一松の歯の形がぼんやりと青紫に浮かんでいた。
一松は乱れた自分の前髪が鬱陶しくなりそれを掻き上げると、しっとりと汗を含んでいるのが分かった。彼女の瞳はまた、あの虚ろなものに戻っていた。





「お願い。泣かないで…」





彼女からはやはり言葉は返ってこなかった。舞台からパラパラと寂しい拍手が聞こえたきた。とうとう黄色いピエロの曲芸は終わったのだ。一松は表情を歪めた。心臓は更にきつく締め上げられてしまった。拍手の音が少しずつ小さくなる。一松は彼女の唇に優しくキスを落とした。そこは彼女の体の中で一番に暖かく、柔らかかった。




舞台からワルツが聴こえた。彼女のように深い森の奥のような静かなワルツだった。彼女の出番がやってきてしまった。一松は彼女にキスを落としたまま、強く抱きしめた。ドレスの上からでもわかるぐらいに華奢な体だった。一松がそっと首筋の噛み付いた跡に指を沿わせる。彼女は小さく震え、そっと瞳を閉じるのだった。






20151230 サーカス





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