急に降り出した雨のせいで彼女の下ろし立ての黒いワンピースは台無しだった。だから雨宿りをしようと、通りがかった教会へと足を踏み入れた。そこは街の外れにある蔦の絡まる小さな教会だった。小さく古い教会だったけれど、いつ通っても庭の花壇は手入れが行き届いていたし、澄んだ歌声もよく聴こえていた。


彼女はその教会に足を踏み入れるのは初めてだった。重い扉を開けるとそこは薄暗く、古い建物と夕方の雨の湿った匂いがした。扉を閉めると一気に雨音が遠のくように感じ、そして光も消えた。




教会の中はステンドグラスから注ぐ薄暗い外の光だけで、この天気のせいで灰色がかった赤や緑、黄色に青色がぼんやりと床を彩っていた。誰も居る様子はなかった。




彼女の体はすでに冷え切り、頭に熱を持っているようで意識が朦朧としていた。ふらふらと導かれるように正面の祭壇に向かい近づいていくと、ステンドグラスに照らされ祭壇の前で跪き祈りを捧げる男がいることに彼女は気がついた。ステンドグラスの様々な色彩が男の背中をぼんやりと照らし、祭壇のキリストが男を見下ろしていた。音もなく男の後ろまで歩み寄ると、ついに彼女は力なく膝から崩れ落ち、その場に倒れこんでしまったのだ。雨の音に紛れながら彼女が倒れこむ音に男は気が付き、祈るのを止め後ろを振り向くと、そこで男はようやく誰かが教会に紛れ込んだことに気がついた。男は倒れこむ彼女に驚く様子もなく、そっと体に触れると冷え切っている事に気付き、額に手を添えると熱があることがすぐにわかった。雨に濡れ乱れた彼女の髪のせいで表情がよくわからなかった。





「…あなたは、悪魔なの?」





朦朧とする意識の中で、彼女を覗き込む男に問い掛けた。男は驚いたように目を見開き、彼女の濡れた前髪をぐいっとかき上げるとそこには虚ろで、どこか恍惚とした彼女の瞳があった。その男もとても冷たい体をしていた。冷たい体で、乱れた髪の毛で、死んだ魚のような目をした男を、彼女は熱を持った頭で悪魔だと思ったのだ。




「…そうだよ」




男は、自分は天使か悪魔で例えるならばきっと悪魔なのだろうと思った。だから彼女の問いにそう答えると、自らも納得したかのように小さく笑みが溢れた。




「あなたは悪魔なのね」




彼女は覗き込む男の頬にそっと触れた。まるで産まれたばかりの赤子に触れるかのように優しく、包み込むように触れた。男の心臓が波打った。そうだ、自分は悪魔なのかもしれない。彼女の前髪をかき上げていた手を、彼女がそうしたように頬へ持ってくると、頬までも雨が染み込み氷のように冷たくなっていた。すると彼女は自分の頬に触れる男の手にそっと手を添えたのだ。



「お願い、助けて…。寒くて死にそうなの…。」



その声は雨音に消えそうなくらいにか細いものだったけれど、教会の中で小さく木霊した。男は困ったように笑うと、彼女の首筋がとても白く、シルクのように滑らかな事に気がついた。思わずその首筋に触れると、やはり滑らかで、雨に濡れつやつやとステンドグラスに照らされていた。黒いワンピースによく映える首筋だった。男は彼女の身体に触れ、首筋に跡を残したいと、そうに思った。





外で、雷が鳴った。その瞬間ステンドグラスの光が教会を鮮やかに照らし、彼女の首筋もカラフルに彩った。彼女の首筋の細い血管もはっきりと浮き上がってみえた。男と彼女の視線が絡まり(彼女は熱をもち焦点の合わない瞳だったが、男には確かにそう感じたのだ)、男は彼女の首筋に歯を立てた。全てはほんの一瞬の出来事だった。彼女は呻き、男の歯は少しずつ彼女を侵食していった。男の歯は彼女の体を痺れさせた。男の体も痺れていくのを感じた。





『わたし、このまま悪魔に食べられてしまうのだわ。』





彼女は朦朧とする意識の中で、祭壇のキリストが男の向こう側で自分達を見下ろしていることに気が付いた。そしてそっとまぶたを閉じた。




20160109 教会にて




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