砂丘の彼方




地球と宇宙の間のような世界だ。機械的で、人工的で、そんななものはここにはない。日本にこんなところがあるんだなぁって、夢にまでみたこの景色を目の当たりにすると幻想のようだった。わたしの心臓は高鳴るばかりだ。



わたしは足元の黄土色の砂を蹴る。するとそれは細かく散らばりさらさらと風に乗り、遠くに逃げて行った。つま先に砂の柔らかい感触。夢じゃあない、現実だ。蹴った砂の逃げた先はやっぱり砂。ここはどこまでも砂の海が広がる砂丘なのだ。





「綺麗だろ」

「うん、凄く綺麗。びっくりした」




後ろから声がした。それを振り返らずに返事をするとおそ松くんが自慢げにだろって再び。見上げると空はカシスとグレープを割ったような色合い。夜明けはすぐそこ。遥か彼方の満月が両手ですくえそうだった。無数に輝く星とグレープフルーツのような月が、一面に広がる砂の海を照らしていた。それは砕いた星のようにキラキラと輝いていた。




ぼんやりと立ちすくむ。目の前に広がる景色が何もかも浄化してくれそうだった。
この砂に溶けてしまえたら、そうに思った。無機質な何かになることができたら少しでも彼に近づける気がした。彼は、十四松くんは、ここにはいないのだ。どこにいるのか?それはわたしにもおそ松くんにもわからないこと。

チョコレート色のブーツのつま先でぐりぐりと砂を削ると、つま先は簡単に砂に埋まった。
空から零れ落ちるような風が吹いた。もうすっかり冬の匂いに包まれていた。ここは東京より南にあるはずなのに、うんと肌寒かった。吹いた風が冷たくて、わたしは首に巻いたラビットファーのマフラーに首をすぼめた。





「寒いか?」

「寒くない」

「ははっ、嘘付け」




意地悪な声とともにさくさくと砂を踏む音が聞こえた。さくさくという音とともにおそ松くんに踏まれた砂たちは踊るように小さく舞った。砂たちが喜んで踊っているようにみえた。おそ松くんは何かに向かいゆっくりゆっくり歩んで行く。おそ松くんの髪の毛がオーロラのように柔らかく揺れた。綺麗だと思った。








「泣くなよ」

「うん」

「泣いてんのか?」

「泣いてないもん」





すれ違いざま、おそ松くんは振り返らずに言った。泣いてるのはどっち?呟いた言葉はおそ松くんに届くことなく砂に零れ落ちた。おそ松くんはやっぱりゆっくりと、ひたすらに真っ直ぐ歩いていた。おそ松くんの後ろ姿は寂しさとか、悲しさとか、そんなんじゃなくて。もっと他の、例えばこの目の前に広がる夜空のようなそんな空気に覆われている。




深呼吸をすると悲しさで出来たようなしんとした冷たい空気が胸いっぱいに広がった。まばたきをする。そしてこの景色を目に焼き付けた。こんなことしたって十四松くんに届くはずなんてないのに。もしこの景色を十四松が目にしたら。いつか街を埋め尽くした雪の上を駆け回ったように、鼻をズルズル鳴らしながら砂の海も駆け回るのだろうか。そして何て言うのだろう。あの日、十四松くんは何て言っていたったけ。十四松くんの想像力はわたしとおそ松くんの想像力より遥か彼方にある。わたしたちは、結局それより高く飛ぶことが出来ずに今ここにいる。いつか三人で訪れたかった冬の砂の海。




おそ松くんの姿がぼやけてしまうぐらい遠くに見えた。空とおそ松くんの境目が溶けかかっていた。いつの間にあんなに遠くへ歩いていったのだろうか、浮かぶ月よりも遠くに感じたけれど不思議と怖くなんかなかった。おそ松くんの行く先には宇宙と砂の海の境界線がみえた。おそ松くんから伸びた黒い影が宇宙に繋ぐ橋のようだった。


睫が震えて滲んだ。ゆっくりとまばたきをすると、あの満月の夜の、十四松くんの両腕の暖かさが蘇った。たった今わたしを包むのは氷のような冷たい空気。あの温もりに包まれたいと願っても、もう叶わないこと。



20081104/20151219 砂丘の彼方





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