春はもうすぐ/瀬名 VD
朝起きたら物凄い雷雨だった。まるで小さなダムでも出来たのではないかというくらいの水量と轟音。湿気の多さに普段からまとまりの悪い髪の毛がいつも以上に跳ねていて、セットするのに倍は時間がかかってしまった。なんとかまとまりはしたものの、ところどころ上手くいっていない。ついてないなあ。だなんて呟きも雨音にかき消されてどこかへいってしまった。朝食を食べ終えた頃には雨足もいくらか弱まり、雷の音だけが辺りを包んでいる。こんな時の為に長靴でも買っておくべきだった。こういう自体になってようやくその必要性に気づく。片手に持った紙袋を濡らさないよう抱えると、意を決してドアを開けた。
『...えっ、今日登校時間違うの?』
途中、あまりの突風に傘が壊れたもののなんとクラスには到着出来た。教室に入ると一人、二人とまばらに生徒がいるだけで、全く人気が無い。HRが始まるまでほとんど時間に余裕もないはずだ。とりあえず同じクラスのなずなに電話を掛けると、どうやら登校時間が遅めになったとのことだ。今ここに来るまでの自分の頑張りは何だったんだろう。通話終了とともに何もやることがなくなってしまった。授業開始の時間まで少なくともあと一時間はある。ひとまず自席に座ったもののやる気が出ない。机に突っ伏して、ただ雲が流れていくのを見守っていようか。段々と早く流れる雲と垣間見える青空をただぼーっと見ていた。
「うわ、髪ボサボサ」
『...な、』
突然降ってきた言葉は、私の心に見事に突き刺さった。これでも朝頑張ったんだから。ほんと女子に言う言葉じゃない。なんて失礼極まりない奴。誰かなんて見なくとも声でわかるが、視線を上げれば案の定不機嫌そうな顔をした泉が立っていた。一瞬目が合うと私の前の席をひいて、偉そうに座り込んだ。あの泉がわざわざ隣のクラスから来たのか、とか一言目が酷いだとかそれ以前に登校時間間違えて来ちゃったの?という笑いがこみ上げてきた。
『泉...もしかして...時間間違えちゃったパターン...?』
「はあ?」
『いや、だって今日って登校時間遅いんでしょ?』
半笑い状態で問えば、何を言ってるんだコイツはというような返し方をされた。
「馬鹿なんじゃないの?俺はアンタと違ってやることがあったからわざわざこの時間に来てあげてんの。間違えたアンタと一緒にしないでよね」
『なーんだ。それは失礼しましたー』
「俺が登校時間の変更とか知らないわけないでしょ」
ふん、と鼻を鳴らして偉そうに話す姿がとてもおかしかった。そんなムキになる内容でもないのに。ふと教室内を見渡せば、登校してきた時より生徒が増えつつあった。窓の外の雨もすっかり止んでいて、雲もさほど無くなっている。数時間前の土砂降りからは考えられないような青空が広がっていて、中庭の花畑がキラキラと輝いているのが見えた。
『ねえ、泉』
「何?」
『来て!』
「...は?ちょっと、」
驚いている泉の手を取って、片手には朝必死に守って持ってきた紙袋を抱えて、中庭まで走った。途中途中、知り合いに会いながらも決して足を止めることなく一直線に駆け抜ける。階段を一段一段降りる度に呼吸が苦しくなって足が重い。
『...っはぁ』
「...はぁ...急になんなの...」
『えっと、』
中庭に着くと走ってきた勢いのまま投げ出されたようにお互い座り込んでしまった。側の花畑が太陽の光を一身に浴びてキラキラと輝いている。とても綺麗だ。外の空気は案外ジメっとしていて、春が来るのもそろそろかもしれない。ひどく乱れた呼吸を整え泉の前に立つと、ずっと抱えていた紙袋を突き出した。
『好きです!』
突然、止んでいたはずの強風が吹いて、たちまち舞い上がった花びらに包まれてしまった。泉の長い指先が、私のボサボサの髪の毛を梳いて花びらをはらう。やっと状況を飲み込んだらしい泉は、笑いながらも差し出されたそれを受け取った。
「アンタにはこっちの方が似合うよ」
それから彼は、ポケットにしまい込んでいたらしい花の髪飾りを取り出して、そっと付けてくれたのだった。