優しさに満たされる/瀬名泉
温もりのない布団はひんやりとしていて、床の冷たさと大差ないように感じる。温かさを求めてもぞもぞと動けばその度に冷たい布団が体にまとわりついて離れない。諦めて動きを止めれば、自分の体温と外の温度があまりにも違いすぎて本格的に風邪をひいてしまったのだと嫌でも実感させられた。体勢を変えてから見渡す限り広がる天井はどこを見ても真っ白で、最初は数分、やがて数時間と長い間向き合い続けていればそこに吸い込まれてしまいそうな気分になる。少し前には明るかった室内も、気づけば薄暗さに包まれていた。しばらく寝ていたせいで今が何時なのかすらよくわからない。時間を確認しようと携帯に伸ばした手も、力が入らず伸ばしただけで終わってしまった。
「あんた馬鹿なの?」
突然降ってきた声にうっすらと目を開く。暗闇の中声の先を辿ると、呆れ顔の瀬名泉がこちらを見下ろしていた。風邪をひいているとはいえ、自室に人が入ってきたことさえ気がつかないとは。彼の言う通り熱でやられて馬鹿になってしまったのかもしれない。普段なら嫌味の一つでも返しているところだが、そんな気力さえなかった。
「はぁ…言い返す気力もないわけ」
いつものようにトゲトゲしい言葉を吐く泉も、さすがに心配したのかベッドの真横にしゃがみこんでこちらの様子を伺っていた。時間が経つにつれて熱が上がっているのか目を開けているのも辛い。耐えきれず目を閉じれば、直後ひんやりとした感覚が頬を包んだ。この手は昔からよく知っている。細く繊細な指に男性らしい大きな手のひら。熱の有無を確認するかのように泉の手が頬を包み込んでいた。
「…つらい?」
普段からは想像出来ない程の弱々しい声が空気に溶け込んでいった。思わず目を開けると、視界いっぱいに泣きそうな顔をした泉が映っている。
『い、ずみ…』
自分から発せられた声もあまりに弱々しく目の前の彼と大差ない。こんなにも情けない姿を私も彼も外で見せることはないだろう。風邪をひいた本人よりも辛そうな顔をする泉に、こっちが泣きたくなってきた。数時間前に携帯を探すべく伸ばした手を泉の頭へと向け、安心させるように微笑む。若干驚いたように見えたが気づかないふりをした。
『大丈夫…大丈夫だよ…』
「そんな状態で何言ってんの…悠ってほんと馬鹿でしょ」
『んー…否定できないや』
そう言って笑うと泉も釣られたように笑った。
「ねえ、食欲は?何か食べれそう?」
『食欲…あ、ご飯よりあれが食べたい』
言われてから今日は水以外何も口にしていない事に気がついた。質問に対しての答えが"あれ"とはまるで幼稚園児と同じではないかと思ったが、頭の中で考えていることを咄嗟に言葉にできるほど意識がクリアではない。
「やっぱりね。ほら、そうだと思って買ってきてあげたから待ってなよ」
誇らしげに話す彼の手にはイチゴの3文字が僅かに見えた。私が何を伝えたかったのかよくわかっていらっしゃる。肯定の意味を込めてゆっくり頷く。数分後、戻ってきた泉の手には綺麗にカットされたイチゴとKnightsらしい剣のピックが刺さっていた。
「美味しい?」
『うん』
「辛くなったら言いなよ。俺が食べさせてあげるから」
冗談とも本気とも分からない軽口を叩く泉には、風邪をひかないと会えないのだろうかという考えが延々と頭の中を埋め尽くした。