嵐の前の静けさ/三日月・オーガス
「何してんの」
いつものごとく突然現れた三日月は、そのまま隣に座った。農場になる予定の何も無いただの更地に、たった二人だけ座っているこの状況は他者から見たらとてもシュールだろう。
『星を見てるの』
「星?」
『そう、星』
そっと星を一つ指さすとそれを追うように三日月も顔を上げた。あれがなんという名前かなんて分からないけれど、際立って強い輝きを放つ星。夜もだいぶ更けもうじき朝がやってきそうな、遠くから迫る朝焼けに負けじと暗闇の中でキラキラと浮かんでいる。
「好きだっけ、星」
視線は星に向けたまま、三日月の不思議そうな呟きが夜明けの冷たい空気に溶け込んでいった。
『最近ね、よく見に来るの』
「ふーん」
『まあ、勿論星を見に来てるっていうのもあるんだけど...』
「何?」
『こうやってさ、広くて静かな場所で星を見てると、私は確かにここに居るって思える気がして』
鉄華団としてクーデリアを送り届けるための長い長い宇宙の旅も終わりを告げ、火星に戻ってきた。もうそれから数ヶ月が過ぎたというのに未だこの土地に慣れない。多分、生まれてからずっとこの星に住んでいたというのにまるで初めて訪れたかのような感覚に陥る。
『それに...自分はちゃんと生きてるって実感したかったのかもね』
夜と朝の間でこんなにも広大な土地と終わりのない空に挟まれて、生きているという実感を探していた。確かにここにいるのだと。前線で必死に戦う三日月の隣で、こんな弱音を吐いたら鉄華団の一員としてダメダメだと思われないだろうか。自ら言い出したというのに気まずくなって星から目を逸らせなくなってしまった。
「生きてるよ」
ハッキリ響いた言葉と隣からの強い視線に目を向けると、三日月の大きな瞳がこちらをじっと見つめていた。片目の光は失われてしまったが、それでも海を想像させる綺麗な碧に引き込まれてしまいそうだ。
『え、』
「ユウは生きてる。だからこうやって俺の隣にいるんでしょ」
ほら、と言って握られた右手がとても温かい。自分とは違う、他人の体温。
『三日月は温かいね』
「そう?」
『うん、とっても温かい』
「ユウの方が温かいんじゃない?」
『そうかな』
目を閉じて、まるで温もりを確かめるように、お互い手を握り返す仕草には心地良さを感じる。三日月に好意を寄せるアトラとクーデリアには悪いが、更なる温もりを求めてピッタリと寄り添った。
『ねえ重くない?』
「別に」
『ならいっか』
手を握ったこのままでは火星ヤシが食べられないと文句の一つでも飛んできそうだが、言われるまでは許して欲しい。空を見上げれば、ほんの数分目を離した隙にさっきまで見えていた星はいなくなってしまった。遠かったはずの朝焼けも今は空全体を包んで、遂に朝を迎えようとしている。柔らかい朝日が眩しくて、どこかくすぐったい。
「あのさ」
『なに?』
「俺、ユウに居なくなられると結構困るかも」
こうやってふとした瞬間にストレートな言葉を投げかけてくれるのが彼の良いところだ。少しだけ握る力を強めた三日月に、負けじと応えるように握り返す。
『そう、じゃあ三日月の為にもちゃんと生きないとね』
もう夜と朝の間で悩まなくとも、きっと三日月の体温が私を生かしてくれるだろう。