君が何者かなんて/沖矢昴



『貴方に恋をする人は大変ね』

しんと静まり返った寝室で、澪は独り言のように言葉を告げた。沖矢の座るベッドへは行かず、窓にもたれ掛かるようにしてズルズルと床に座り込む。窓の外からは朝方の土砂降りが嘘のように消え去り雲一つない夜空。上げた視線の先では細身の三日月が寂しそうに、だけど一際強い輝きで闇夜に浮かんでいる。その光をただ一身に浴びながら沖矢の言葉を待った。

「何故?」

突拍子もない彼女の質問にただ疑問を感じた。お互い恋人同士だというのに、まるで他人事の様だ。その返答を聞いた彼女は、おかしそうに笑って視線を三日月から沖矢に移す。

『だって、ここに存在しているけど本当はいないんだもの』

彼女の瞳は真っ直ぐに沖矢を射抜き、彼の先で別のモノを見ているようだった。

「随分とおかしなことを言いますね。僕はここにいるじゃないですか。なんだかその口振りだと、まるで架空の人間みたいだ」
『ええそうね。でも、事実でしょう?だって沖矢昴は作られた人間だもの』
「作られた人間、ですか」

細められた瞳に、優しい声。それから顔が、その話し方が、見るからに柔らかなその茶髪が、沖矢昴という人物を構成している。偽物なんかではなく沖矢昴本人だと。それを目の当たりにしていて尚、作られた人間だと彼女は言い張った。

「では、仮に僕が作られた人間であったとして、本物が出てきた時貴女はどうするんですか?」
『分からないわ。だって作られた人間と恋愛なんてしたことないもの』
「まあ、そうでしょうね」
『だけど...なんにせよ先に謝っておくわ』

強気な態度を見せていたかと思えば、しおらしくなって、突然謝罪の言葉を述べたことに沖矢は珍しく戸惑いを顕にした。

『私、本当の貴方のこと何も知らないし、何者かも分からないのに』

言葉は紡がれ続けているものの、先程からずっとこちらを見ていた視線は外へ向けられた。その瞳は真っ暗な夜空に浮かぶ月を捉えている。

『それに、貴方が何者かなんて正直知りたくないとも思ってるのに、それでも隣に居たいの。だからごめんね』

窓ガラスに映って見えた表情は苦しそうな笑顔だった。