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昨晩の事態から、一軍はほぼ全員ここをやめていった。その知らせを聞いてホッとしたものだ。留まられてもあまり心地の良いものではない。一方、あれだけ嫌な思いをさせられた一軍の大人達にオルガはきちんと退職金を支払ったという。聞きつけたユージンからの文句が絶えなかったそうだが。先程から隣で筋トレをしている三日月は、興味なさげに何度か相槌を打つだけだ。

『ミカってばちゃんと聞いてる?』
「聞いてる」

廊下の鉄パイプを使い懸垂を始めた彼を見上げ問う。動く度、顔や首に汗が伝っているのが見えた。視線を床に落とすと、その足元だけが濡れて色が濃く変わっている。

『筋トレしてるの飽きない?』
「別に、飽きるとか考えたことないから」
『そうなんだ』
「シアンこそいつも俺の隣に居るけど飽きない?」

言われてみて気付いたという感じだ。確かに三日月のそばに居ることは多いかもしれない。それは意識的にしているというより、無意識のうちに寄り添っているという方が近いだろう。懸垂をやめたらしい彼はすっかり座り込んでしまった自分の隣に腰を下ろした。

『今気付いたって感じ』
「ふーん」
『邪魔だったら言ってね』

一本だけ持って来ていた水を手渡しながら、鬱陶しくは思われたくないなあと思う。

「よくは分からないけど、邪魔だと思ったことはないよ」

三日月は受け取った水を早々に開け始め、一口で半分程飲みきってしまった。次からはちゃんと何本か持ってこようか。今度はキャップを閉める際にボトルの中で水が跳ねた。

「ああ、どうせならさ、嫌になるまでそばに居てよ」
『何それ口説いてんの?』

きっと何も考えてないんだろうなと頭の片隅では分かりつつ、さあ?、の一言で結局その真意は隠されてしまった。

『えっ、まさかまたギャラルホルンが...!』

つい一日前に聞いた警報がまた基地に鳴り響いている。今のこの状態で攻め込まれては全滅の可能性も無いとはいえない。いち早く気付いた三日月は素早く上を着て外へと向かった。その後を追い出ると、何事かと飛び出してきた他の仲間達が大勢遠くを見ている。どうやら今回は一人で来たようだ。警報を聞きつけてきたオルガ達も合流し様子を窺っていると、相手は決闘の申し込みをしに来たという。

「ミカァ!やってくれるか?」
「いいよ」

この流れで三日月が出ることになるのは安易に想像できた。決まってからの準備は早く、三日月は再びバルバトスに乗ることとなった。

『ミカ、前よりは大丈夫だと思うけど無茶だけはしないでね』
「うん、分かった」
「そういやあ三日月、これをお前に渡しといてくれってアトラから」

そう言っておやっさんが手渡したのは、綺麗に編まれたブレスレット。アトラのことだからきっと手編みなのだろう。こんなに素敵なものを作れるなんて本当に尊敬する。それを三日月は、大切そうに手のひらで包んでいた。

『良かったね、ミカ』

三日月からこんなにも優しい眼差しを向けられるブレスレットが少しだけ羨ましく思えた。

「じゃあ、気を付けて行ってこいよ」

おやっさんの言葉に頷いたのを確認し、今日もまた無事に帰ってきますようにと願いながらその場を離れた。