通常運転


今日で徹夜三日目だろうか。
時計は既に午前三時を表示している。デスク上の仕事は数時間前、更に言うなら二日程前とさして変わっていない。それどころか今まさに崩れ落ちそうなほどの山ができている。何故だろう、どちらかと言えば悪化している気がするのだ。

「お前は、時間を戻す事でも出来るのか?」

むしろ出来ることなら倍速で作業が出来るようにして欲しかった。偶然にも通りすがった赤井先輩は、コーヒーを片手に持ったまま固まっている。いつもの余裕さはどこへ行ったとばかりに珍しい姿だ。目の前の状態が信じられないのも無理はない。私も信じたくないくらいだ。ただ、そんな風にされては流石に返す言葉も見つからず、乾いた笑い声だけが響いた。

「今まで何をしていた」
『ちゃんと仕事してました…』

これは鬼の様な形相で怒られるのがオチだと思っていたが、もはや呆れたように顔がひきっている。時間も時間だ、彼も疲れているのだろう。目の下にはうっすらと隈が浮かんで見えた。

「一瞬、夢でも見ているのかと思ったが...まだ夢であった方が良かったのかもしれん」

それはそうだろう。作業をしている本人でさえ、夢であったらどんなに良かったかと頭を抱えているところだ。赤井先輩は既に冷めきったコーヒーに口をつけ、ご丁寧に一枚ずつ書類をめくって嫌そうな顔をしている。まあ、量が量なだけに終わらないどころの話ではないのだが。

『これ...どれくらいで終わると思います?』
「逆に聞くが、これを終わらせる気はあるのか?」
『いや当たり前じゃないですか』

そうか、と驚いた反応をされたことに、こちらが驚いてしまった。

『赤井先輩、』
「なんだ」
『何で今驚かれたんですか私』
「やる気があったことにな」

再びカップに口を付ける直前、鼻で笑ったのを見てしまった。事実、やる気があってもこんなに溜め込んでしまった訳だが、諦めず向き合って作業を続けたことに関してはとりあえず褒めて欲しい。

『褒めてくれてもいいですよ』
「寝言は寝て言うものだ」
『冷た』

大体、と説教じみた小言が始まったため、項垂れるようデスクに突っ伏す。出来れば耳も塞ぎたい。

『だから、デスクワークは苦手なんですってばー。外に出た方がよく働くって赤井先輩が一番分かってくれてるじゃないですかー』

頭上からため息が聞こえ慌てて顔を上げると、山の三分の一程度を持ち上げて自分のデスクへと行ってしまった。

『えっ、赤井先輩?赤井せんぱーい!』

まさか、疲れきっている上司に自分の仕事をやらせるほど落ちぶれていない。咄嗟に駆け寄るが上手くかわされて取り返すことも出来なかった。

『待ってください!とんでもない量ですけど、先輩にやってもらうわけにはいかないです!お気持ちだけで大丈夫なんで!返してください!』

突如、デスク上に積み上げられた私の仕事を、彼は淡々とこなし始めている。取り合ってくれる気は更々無いようだ。もう無理矢理にでも奪い返そうと書類に手を伸ばしたが素早く阻止されてしまった。

『赤井せんぱーい...仕事返してくださーい』
「返したところでまた増えるだろう」
『...否定は出来ませんけど』
「黙って自分の仕事を進めろ」

諦めて頼む事にしたものの、手伝ってもらった後の怖さで自分の仕事は全く片付かなかった。