むかしのはなし



『私に潜入捜査を引き継がせてください』

組織のライこと赤井秀一が潜入捜査に失敗したその日の事だった。FBI内の組織捜査班では会議が開かれ、これからの対策について試行錯誤がなされていた。ほんの些細なミスによって引き起こされた事態は、今後の捜査に大きく関わる。追う側として順調にいっていたはずが、突然追われる側となってしまったのだから。それはFBIとしても危険だが、まず当事者の赤井が命を狙われることになる。どのような形であれ、裏切り者は始末されるのが組織のルールだ。しかし、だからといって自分の上司が死の危険に晒されるのを黙って見ていたくはない。上司であり、先輩であり、相棒であるからという理由だけではなく、個人的に恋慕を抱いている相手を失いたくはない。

『私に、この潜入捜査を続けさせてください』

室内の静寂を破った一言に抗議の声を上げたのは他でもない赤井本人だった。

「ダメだ」
『どうしてですか』
「今続けてお前に何が出来る」
『先輩より上手く立ち回れます』

一触即発とはまさにこの事か、その場の誰もが思った。全く引き下がる素振りのない悠と不機嫌さの滲み出る赤井。二人を取り巻く空気はまさに最悪としか言いようがなく、他の誰にも止めることは出来なかった。

「いい加減にしろ」

痺れを切らした赤井は乱暴に机を叩いた。悠に向けられた視線は鋭く、真っ直ぐ彼女を射抜いている。

『嫌です』

怯むかと思いきやこちらも赤井に負けず劣らない、鋭い視線で応えた。どちらも一向に引く様子はない。やり取りは机を挟み行われていたが、悠が立ち上がり赤井の側まで移動したことにより、真正面から向き合う形となった。

『このままでは組織の情報を掴みにくくなってしまいます。それがどれだけこちらにとっての損害になるか先輩だって分かっているでしょう?』
「確かに今まで通りとはいかないが、お前が行ったところで情報を掴めるとは思えんな」
『そういう事言えるのは今だけですよ先輩』
「何だと?」

組織の一人として活動する男の名を小さい声ながらもハッキリと告げた。バーボン。その名を聞いた赤井の眉間には深い皺が刻まれ、不快感を隠すこと無く悠に詰め寄った。

「どこで聞いた」
『どこでしょう?』
「答えろ」
『嫌です。先輩が潜入捜査を認めてくれるまで答えたくありません』

先程まで怒号が飛び交うほど緊迫していたかと思えば、今度は内緒話をするように小声で話す二人に周りの捜査官達は追い付くことが出来ない。

『どうするんですか?私に潜入捜査の許可をくれますか?』

未だ引かず言い続ける悠に終わりが見えないと感じた赤井は、心底嫌そうな顔で渋々潜入捜査の許可を出した。