むかしのはなしA




悠が難無く潜入捜査を始めてから数ヶ月、コードネームが与えられるまでとなった。ライの前例がある為、本来ならすぐに疑われていてもおかしくはなかっただろう。与えられた本人もその時ばかりは驚いていた。

組織での集まりを終えた悠は、赤井の運転する愛車に乗り込んだ。助手席に座りシートベルトを付けるとすぐに古臭いエンジン音が響いた。暫く走行をした後、隣に座る赤井が口を開いた。

「いい加減答えてくれないか」
『何をですか?』
「バーボン、そうお前が言ったんだろう」
『ああ、そういえばそうでしたね』

赤井が口にしたその名は、組織の一人としてライやスコッチと共に行動をしていた男だ。FBIに情報を流していたとはいえ、彼の話はほとんどジェームズ以外にしたことが無い。だからこそ、何故自分の部下である彼女がその名を知っていたのかが非常に不可解であった。

「どこでその名を聞いたんだ」

車の助手席から外を眺める彼女に、赤井は一番の疑問を問いかけた。

『偶然です』
「偶然?」
『前に駅で、二人の男と一緒に先輩がいる所を見かけました。その時は他に仕事があったんで本当に偶然だったんですけど、その内の一人が、ライ、それからバーボンと呼び掛けているのを見て』
「そこで知ったというわけか」

名を知った経緯に納得している赤井に、悠は話を続ける。

『まあ実はそれだけじゃなくてですね』
「他に何かあるのか?」
『バーボン、あの男は私の』

兄です、そう彼女は口にした。視線を窓の外から逸らすことなく淡々とその事実だけを述べた。バーボンが悠の兄。全く予想のしていなかったその答えに、危うく赤井はハンドルを離すところだった。

『そんなに驚きました?』
「まあな」
『昔、兄とは生き別れてしまったんですけど、あの日にすぐ分かりました』
「すぐに?」
『こっそり後をつけて、本人に直接聞きに行ったんですよ』

対面して改めてお互いの事を認識したのだ。紛れも無く自分の兄妹であると。

『一応血は繋がってるんでフィーリングで分かったとでも言っておきますね』
「随分と雑な言い方じゃないか」
『けどまあそのおかげで組織に潜入出来たって感じですから』

最初の頃はどうやって組織に潜入するつもりかと思っていたが、すんなり入れたのはあの男の助けがあったからなのだと赤井は静かに納得した。

「まさか妹がFBIにいるとは思わないだろうが、コードネームを与えられるほど上手く潜入出来るとも思ってなかっただろう。なあ、」

アマレット。
赤井の言葉に、彼女は外に向けていた視線をそっと隣に向けて微笑んだ。