兄と妹




赤井秀一が沖矢昴として生活を始めてからというもの、接触を避けるようになった。いつもは、何か派手にアクションを起こす悠もこの時ばかりは平静を保って過ごしている。元はといえば水無玲奈ことキールの一件があったからだが、事実上彼が死んだことになっている為仕方がない。あれ以降、赤井秀一の生存を疑う者が何度か変装した姿で現れたが、組織側も納得したのか事態は落ち着き始めていた。

「また来たのか」

入店を知らせるベルが店内に響き、すぐさま安室は入口へと笑顔を向けた。しかし、そこに立っていた悠を見るなり笑顔はみるみると消え去っていた。決して彼女が嫌いなわけではない。ただ、このところ連日訪れては暇だと話に付き合わされているのだ。流石に疲れもするだろう。とは言え、やはり彼女が来ると安室は他の接客にあまり行かなくなる。妹に対しては無自覚で甘い。

『可愛い妹に向かってその言い方はないんじゃないですかー』
「可愛い?悪魔の間違いだろ」
『ひっど』

同じく店内で作業をしていた梓は、二人のやりとりに微笑ましさを感じた。

「ゆっくりしていってね悠ちゃん」
『梓さんありがとうございます!』

梓の言葉に気を良くした彼女は上機嫌でカウンター席についた。安室はその様子にやれやれと肩を落としつつも注文を聞くべく隣へ移動する。聞くといえど毎回決まって自分の作るサンドイッチと紅茶を頼んでいる為、あまり意味を成してはいない。今日も今日とてやはり同じ注文が彼女の口から告げられた。

『ねえ兄さん』
「なんだ」
『そのサンドイッチ作るのコツとかいるんだっけ』

相変わらず手際良く進める兄に、妹はサンドイッチの材料を指差し問いかけた。

『昨日の夜さ、家で作ったんだけどね』
「お前、昼間に食べてたよな...」

ここで食べるのだけでは飽き足らず家でまで、と軽い衝撃を受け驚く彼を尻目に悠は話を続けた。

『美味しいんだから仕方ないじゃん。それに今食べておかないと、後々動けないもの』

先に出された紅茶に手を伸ばし、ゆっくりと口をつける。冗談ではなくもし何か起きた際、スタミナ切れで倒れるのだけは御免だ。

「大食いなのは昔から変わらないんだな」

そう言って置かれた皿の上には、サンドイッチが山盛りに積み重なっていた。

『ありがと、兄さん』