月が綺麗ですね。
※過去捏造。
実家がド金持ちで、高収入、高身長、10人中9人は振り向くであろう整ったご尊顔。
世の女性たちがガチで目の色変えて、よだれ垂らして欲しがるくらいには好物件。
この男は私の幼馴染というか、幼馴染にさせられたというか、とにかく付き合いが長い。
《無下限術式》と《六眼》のW持ちで生まれたこの男・五条悟は、その特別すぎる存在が故に、およそ普通の子供時代は送ってきてない。
初めて会った時のことは、今でもよく覚えてる。
御三家のひとつである五条家の嫡子・五条悟の10歳の誕生日を祝うために、したくもないのによそ行きの格好をさせられ、友達と遊ぶ予定だったのにキャンセルさせられ、母に引っ張られて無理やり五条家のでっかい屋敷に連れて来られた私(10歳)は、それはそれはご機嫌斜めだった。
馬鹿みたいにだだっ広い屋敷の、これまた馬鹿みたいにだだっ広い大広間には、他にも同じようにめかし込んだ親とその娘たちがいて、まー要するに、親からすればいいご縁とやらを結べるチャンスなわけで。
みんな主役を今か今かと、ろくろっ首みたいに首長くして待ってたけど、私は母親の目を盗んでこっそり部屋を抜け出した。
だって、来たくて来たわけじゃなかったからね。その日一日は五条のボンボンじゃなくて、友達と過ごしたかったから。
同い年のくせして他人のスケジュールを台無しにしやがって、何様のつもりなんだ。誰が祝ってやるもんか。寧ろ呪ってやりたいわ。
……なーんて、そんな物騒なことを考えていた気がする。
私がいないことに気づかれるのも時間の問題だと思ったから、慣れない着物と履き物だけど、頑張って出来るだけ遠くに逃げた。
どうせあの五条家の敷地内。これだけ広くても変なのは出ないだろうと、妙な高揚感や背徳感でドキドキワクワクしながら、とにかく走った。
賑やかな空間から結構離れたからなのか、行き着いたところは薄暗く、月の光がやけに明るく感じた。
「オマエ誰?」
「ッ!?」
ボーッと月を眺めていたら、いつのまにか隣に男の子が立っていて、私はビビってヒュッと息を飲んだ。
男の子の髪は白くて目が青くて、見た目こそ美しいものの、どこか人形のような無機物感があって。
普段遊んでる友達とは何もかもが違ってて、「人間の子供」というより「神様の子供」と言われた方が納得出来る。
そんな、不思議な雰囲気を纏っていた。
「質問に答えろよ」
「先にそっちから名乗ったらどうなの」
「は?」
……あまりに横柄な態度を取られたものだから、私も相応の反応を返してしまった。しまったと思わなくもなかったけど、売り言葉に買い言葉ってやつだ。条件反射。不可抗力。
ほぼ無表情だった綺麗な顔が、みるみるうちに不機嫌なものに変わるのを、どこか面白く感じた。
「そっちが話しかけてこなければ、私は一人静かにボーッと月を眺めていられたの。それを邪魔したんだから、そっちから名乗るのが筋だと思う」
我ながら可愛くない答え方である。自覚はある。
けれどとりあえず、この男児がいけすかねぇのだった。
「俺の家なんだから、誰か知らねー奴がいたら気になるだろ。侵入者のオマエが名乗れ」
「じゃあかぐや姫」
「ふざけんな」
「フフッ」
このやり取りがなんだかおかしくて笑ったら、男の子は元々大きい目を更に大きくさせて、戸惑ったような顔をした。
……というか、さっきなんて言った? 「俺の家」?
「五条家のボンボン……?」
失礼ではあるけど指で差すと、「そうだけど」と何の躊躇いもなく遠慮も謙遜もなく、全てを肯定した。
「たんじょーびおめでとーございまーす」
「表面上だけの祝いの言葉ありがとーございまーす」
表面上だけでも祝われることをありがたく思え。
つい、心の内でそんな悪態をつく。
しょうがないでしょ。こちとら友達との約束をドタキャンさせられて、無理やり連れて来られてんだ。
ふざけんなよ御三家。
「ていうか、本日の主役がなんでこんなひと気のないとこにいるの。さっさと大広間に行ったらいいのに」
「どうせ同じようにめかし込んだ親と来てんだろ。オマエこそ大広間に戻ったらどうなんだよ」
「あのうるさい場所に戻るくらいなら、ここで静かに月を見ながらボーッとする方がマシ」
あんなとこにいたら、聞きたくない声があっちこっちでざわついて、鼓膜と胸が破れちゃう。
自然は人間と違って欲にまみれないから、頭も耳も胸も痛くならない。
「確かにオマエ、耳が人より良すぎるみたいだから苦労するだろーな」
「へえ、やっぱりわかるんだね。人より目が良すぎるから」
「チッ、いちいちうるせぇな」
「五条家では舌打ちも教えるの」
はぁー、かなり機嫌良くないや。今日の私。
五条家の坊ちゃんにこんな口聞いてるのを母が知ったら、きっと目をひん剥いて卒倒するんじゃないかな。面白そう。
「あの時もこうやって二人きりで、一緒に月を眺めたっけ」
長いご自慢の脚をだらしなく伸ばしながら、隣の男は呑気に笑う。
「そんなロマンチックな雰囲気じゃなかったでしょ」
「まあね。ゆきったらご機嫌斜めだったから」
「どこかのお坊ちゃんが、随分と高圧的でしたので」
こっちは皮肉を言ったのに、当の相手はふふふと笑いながら、サイドテーブルのお皿に手を伸ばす。何が面白いんだか。
「相変わらずゆきの手料理は美味いね〜。いくらでもいけるよ、このジャガイモのガレット」
テーブルには私が作ったおつまみが並んでいるけれど、お酒が飲めない彼はサイダーの肴にしている。
「けどさ」
「何」
「こ〜んなグッドルッキングガイをゲット出来ちゃったんだから、結果オーライでしょ!」
……全く、この人は。
「プロポーズしてきたの、悟でしょ」