射し込んだ光が甘く部屋を包んどるみたいで穏やかな気持ちで目が覚めた。燃えるような西日がレースのカーテンを通って名前の頬を照らす。沈みかけとる太陽に予定よりも長く眠っとったことを知る。
お互い休みやからって早朝ランニング一緒に行って、録画しとったテレビ観て、昼ご飯一緒に食べて、そんであくびしながら「お腹いっぱいで眠くなってきた」って言う名前とベッドに潜って昼寝して。あかん、こんな時間まで寝るつもりやなかったのに。
(……けどまあ)
柔らかい布団に埋もれ、洗濯したばかりの毛布にくるまって、薄く口を開けて今も夢ん中におる名前を見とると、こんななんもない一日でもええかと思える。
なんも気にせんで幸せな夢だけ見とったらええなと願いつつも無垢な肌を見ているとこのまま、文字通りパクリと名前を食べてしまいたいとさえ考えた。
起こさんように気をつけながら頬に指を滑らせて寝顔をじっと見つめる。無防備に寝顔を晒す、まぬけなコイツが俺の奥さん。なかなか悪くない。むしろ最高やな。
「……名前、もう夕方やで」
「んー……」
「んーやなくて。今起きんと夜眠れんくなるやろ」
やけどやっぱりそうやって触れとると声が聞きとうなるから、優しい気持ちで起きられるように声をかけて名前を起こした。
「夜……そうだよね」
薄く瞼を上げて俺を見つめる名前に応える。最近は忙しくて残業もたくさんしとったから好きなだけ昼寝させたい気持ちもあるんやけど、寝て一日が終わるんも寂しいしな。
「よう寝とったで。まあ俺もやけど」
「まだ頭ぼんやりする」
「寝起きやしな」
「侑は起きてたの?」
「いや、俺もさっき起きた」
上半身を起こした名前はそれでも30秒近くそのまま気を緩ませてまだ眠気と格闘してるようやった。壁にかかった時計を見つめ「あ、夜ご飯の準備」と呟くように言うと、のそのそとベッドから出てリビングのほうへと歩いて行く。俺を残して行くなや。そう思いながらカルガモの子供ように後をついていくしかない。
区別をつけることなく、混ざり合うように俺と名前の物が存在する空間。狭くも広くもないマンションの一部屋が名前にとって居心地のええ場所であるようにと願う。
「夜ご飯どうする予定なん?」
「どうしよっか。せっかくの休みだから夜は外で食べる?」
「やったらこの前名前が見つけた路地裏にあるスペイン料理? でええんちゃう?」
「いいね。サングリアと一緒にパエリア食べたい」
パッと名前の表情が輝いた。眠気はすっかり吹き飛んだようでソファに乱雑にかけられていた俺の上着を羽織り「侑早く〜」と俺の名を呼ぶ。
「それ俺の上着やん」
「ちょうど良い場所に置いてあったもので」
「……まあええけど」
「侑パーカーだけ? 寒くない?」
「俺の筋肉をなめんな」
「ちょっとよくわかんない」
玄関に置いてあるキーケースを手に取って部屋を出る。春の夜は想像しとったよりも肌寒くて、やけどほんの少し混ざる芽吹くような匂いに心がきゅっとなって、俺は名前に寄り添った。
「も〜、歩くにくいってば」
「ええやん。思ったより寒かったから風除けになってや」
「そうやって無茶言う。筋肉なめんなはどこいったの」
名前が笑う。好きやなと思う。
上手いこと言葉に出来へんけど、毎日毎日幸せが溜まっていっとる感じがする。名前もそうやったらええんやけど。
「なあ、職場で呼ばれる名前新しい苗字にせえへんの?」
「しないよ」
「なんでなん。ええやん、宮。短いしすっきりするで。サインも楽やし」
「でも職場は旧姓で慣れてるし。それに侑と一緒に仕事するときやりにくいでしょ」
「やりにくそうにしとる名前が見たいんやけど」
「嫌だよ、恥ずかしい。まあ……でも自分のことはもう宮さんだと思ってるから。旧姓より宮名前って呼ばれるほうがしっくりくる」
はにかむ様子がかわええ。あかん。俺の嫁むっちゃかわええやろって治に言ってやりたい。
「やばい。キスしたい……なんでここは外なん!?」
「えっどういう流れ!?」
「名前がむっちゃかわええって流れ」
「……侑は本当に私のことが大好きですね?」
「は? そんなん好きに決まっとるやん」
結局、恥ずかしそうに耳を赤くする名前はそれきりなんも言わんまま、コンビニを2軒過ぎ去って、交番の前を横切って、最寄りの駅の出入り口を右に曲がって、ようやく道に置かれた立て看板を発見した。
店の名前と代表的なメニューと『この先左に50メートル! ハッピーアワーもやっています!!』と重要な情報が陽気な色合いで書かれとる。
「お腹空いたね」
笑う名前を見て好きやと思ったんは今日何回目やろ。
喧嘩しても喧嘩せんでも、特別な日でも特別やない日でも、これからもこんな風に過ごせたらええな。もう嫌やってくらい、俺はコイツと一緒におりたいんや。
「名前」
「んー?」
「俺、毎日幸せなんやけど、名前は?」
「また急にそういうことを……」
「ええやろ。で、どうなん?」
瞬きを繰り返す。緩く、気の抜けたような表情。穏やかな声が溶けるように春の夜に消えてった。
「幸せだよ。侑がいるから」
(21.06.08 / 80万打企画)