※SSS


 明日、私の幼馴染が渡伊する。
 世界の強い選手と戦うため、そして己のバレーボールを磨くため、飛雄は日本からいなくなる。
 呼び出された近所の公園はとても静かで、オレンジの光を灯した街灯が辺り一帯を照らしていた。最後の夜を飾るには相応しい夜空が頭上に広がっていて、都会で見る星空にしては上出来だと私は空を仰いだ。

「明日の今頃はイタリアか」

 声は遠く、空に向かって放たれる。

「最後の夜に会うのが私でいいの?」
「荷物まとめてる時に思い浮かんだのが名前の顔だった」

 春の芽吹きを待つ肌寒い季節。それは今の飛雄によく似ていた。

「光栄です」
 
 小学校から高校、果てはこうして大人になるまで私と飛雄は一緒にいた。同じ学校に進んで同じように上京して、仕組まれたんじゃないのって思うくらい私達の暮らしはいつも近い場所にあった。
 そんな風に長いこと一緒にいたから、明日から飛雄がいなくなる事、本当は全然想像出来ない。

「名前」
「んー?」
「悪かったな」
「えっ何が?」
「前にディズニーランド行きたいって言ってたのに結局行けなかっただろ」
「別にいいのに気にしなくても」

 言い出した私でさえ忘れていた約束を飛雄は口にした。木漏れ日みたいな温かさが胸に宿る。
 私の中で飛雄はすごく大きな存在だったけど、飛雄の中で私はどれくらいの大きさだったかな。今日の夜空をイタリアでも思い出してくれるかな。
 頻繁じゃなくて良いから、たまには連絡してくれると嬉しいんだけど。

「……寂しいな」

 いつかこんな日が来るってわかってた。離れ離れになって、私も飛雄も大人になって、もう簡単に指切りをすることさえ出来なくなること。
 小さく呟いた言葉を飛雄は落とすことなく掬った。

「会いに来ればいいだろ?」

 論を俟たない言い方に気持ちが救われる。
 お金とか時間とか大変なことたくさんあるのに、まあいいか、と思えた。飛雄の声にはそう思わせてくれる力があった。

「そっか、会いに行けばいいのか」
「前もって言ってくれたら予定合わせる……ように努力はする」
「じゃあ、ディズニーランド。パリにもあるらしいから今度連れてって。ローマからパリまでどれくらいの距離か知らないけど」
「わかった」
 
 瞳に飛雄を映して私は緩く笑った。
 明日、私の幼馴染が渡伊する。
 今日が日本で過ごす最後の夜だ。
 交わした小指の約束が、熱を帯びていた。