※SSS


 休憩を促す号令が飯綱さんの口から発せられる。
 体育館の中、弧を描くように放たれていたバレーボールがその一言で空中から姿を消した。
 床に転がるボールをそのままに、選手たちは一ヶ所に集まり、そして私達マネージャーはそんな彼らの傍らに歩み寄った。シューズが床を蹴る鋭い音が体育館に轟く。

「はい。元也」
「さんきゅ」

 熱気が選手たちを纏い、呼吸の度に肩は上下に動く。
 元也の肩にタオルをかけスポーツ飲料水の入ったスクイズボトルを渡した。
 そのまま近くにいた聖臣にも手渡しそうになったけれど「俺は自分で取る」と瞳が物語っていて、私が持っていた左手のボトルは結局その隣にいた飯綱さんの手の中に納まった。

「あっつ……」

 わかる。口には出さず同意した。
 いくら空調を整えて風の流れ道を作っても蒸すような熱は消えず、動かない空気に思考が鈍りそうになる。外から聞こえる蝉の鳴き声もそれを助長させている気がした。
 喉を鳴らしてボトルの中身を飲む元也の横顔をぼんやりと見つめる。動く喉仏。おでこに張り付く前髪。こめかみから流れ出る汗が重力に逆らうことなく頬を伝い、ゆっくりと落ちていく。
 艶やかな色に蠱惑的な印象を受けたのは全部この熱気が悪い。

「名前のえっち」
「は」
「俺のこと見すぎじゃん?」

 悪戯に笑う元也が私のほうを向きながら軽い調子で言った。

「……元也の気のせいでしょ」
「そう? 熱い視線を感じたんだけどなー」
「自意識過剰!」
「ははは。残念、気のせいか」

 元也が気軽に言えば言うだけ、私は深みにはまる気がして何も言えない。
 だけどその瞬間、抜けるような冷風が体育館にやってきて熱が引いていくのを感じた。
 同時に私の意識も冷静を取り戻す。

「空調の調子悪かったらしい。今直ったって言うから、涼しくなると思う」

 席を外していたコーチが言う。

「そろそろ練習再開するぞ」
「悪い、名前。タオルとボトル戻してもらっていい?」
「あ、うん。もちろん」

 元也からタオルとボトルを受け取る。
 コートに戻るその背中を見つめて、私は胸を撫で下ろした。
 危うくこの熱に浮かされるところだった。