※SSS


 夏油が造反したと聞いたとき、真っ先に生まれた感情は怒りだった。自分自身への。
 黄昏時。誰もいない教室。消えた夏油と、消えない夏油の席。
 夏油がこれまでいた場所に座ったところで、その心中をはかることなんてできるわけないのに、私はその席から動けなかった。

「もっと泣きわめくと思ってた」

 静寂の教室にやってきた五条は、迷うことなく窓際に進み、乱暴に窓を開ける。その荒んだ音だけが木霊するように響いた。
 夏の名残を強く残す鬱陶しい空気が、開け放たれた窓から入り込んでくる。
 別に。
 たった三文字の言葉ですら、喉がくっついたように出てこない。

「硝子が探してたぞ。メール送っても返事こねーって」

 そっと視線を五条に向ける。
 サングラスの奥にある瞳は、夏油にとってどんな存在だったんだろう。硝子の声は夏油にどんな風に聞こえていて、最後に触れた私の手を、夏油はどう思ったのだろう。尋ねたくても夏油はもうここにはいない。

「じゃ、伝えたから俺は行くわ」

 共に過ごした短くも長い日々が、残された私の心を苦しいくらいに震わせる。
 もし、好きと伝えていたら。
 もし、海へ一緒に出掛けていたら。
 もし、朝まで一緒にゲームをしていたら。
 もし、持てんばかりの花を贈っていたら。

「……ねえ」
「あ?」

 今となってはどうすることも出来ない過去に、私の浅ましさが露呈する。もし、そうだったところできっと私には夏油を変えられない。私の想いは未来永劫、夏油に届くことはないだろう。

「呪霊ってどんな味だったのかな」
「……知らねー」

 夜が空を飲み込もうとしている。燃える赤と憂う紺青が入り乱れて、鮮烈な色彩は今日という日の終わりを示していた。
 ここに、夏油は、いない。
 私は夏油の人生を変えられるような人間ではなかった。ただ、それだけのこと。