※SSS


 美味しいものを自分の手で作り出せる人を尊敬する。愛情を込めて農作物を育む人も、それを丁寧に調理する人も。
 生きる上で不可欠な「食」というものを大切に出来る人が、素敵だと思う。

「いつものおにぎりお願いします!」

 今日もおにぎり宮のおにぎりを頬張る。大きな口を開け、愛情を込めて握られたおにぎりに噛り付くと張りのある海苔が軽快な音を鳴らした。
 パリッ。パリッ。パリッ。
 海苔に包まれた白米からはふっくらとした香りが漂い、丁度良い塩梅の食塩が米本来の味を引き立たせている。
 自分の稼いだお金で美味しいものを食べられるって、なんて贅沢な幸せだろう。

「宮さんのおにぎりっていつもすごく美味しいんですけど、どこのお米使ってるんですか?」

 出来れば家でもこのお米を食べられたらいいな。それくらいの軽い気持ちで宮さんにそう尋ねると、宮さんは少し困ったように視線を彷徨わせた。
 困るような事を聞いたつもりはなかったけれど、宮さんの表情の理由はすぐにわかった。

「ちゃんと米っていう米なんやけど、あー……そんで、まあ、生産者が名字ちゃんの隣に座っとる人」
「え?」

 その言葉に驚いて隣に座る男性を見つめると、とても穏やかな双眸が私を見ていた。

「えっ!?」
「ちゃんと米の生産者の北です」
「あ……名字、です。初めてここのおにぎり食べた時から美味しいお米だなと思っていて……」

 若い。きっと私と同年代。
 もっと年齢を重ねたおじさんや手のひらが分厚いおじいさんを想像していたから、柔らかい雰囲気を醸し出すその人に私は思わず見惚れる。

「愛情込めて育てとるんで、そう言ってもらえると嬉しいです」

 わかります。伝わります。だってこんなに美味しいんだもん。愛情が込められてないわけない。

「今まで食べたどのお米よりも美味しいです。お米、育ててくれてありがとうございます。尊敬します。日本中どころか世界中で食べてもらいたいくらい、本当に美味しいです」

 まじまじと見つめて言うと、北さんの瞳がほんの少しだけ揺れた気がした。その表情に何かが芽生える感覚を覚えたけれど、理解するよりも先に宮さんが笑いを堪えながら言った。

「おお。なかなかの殺し文句やな、名字ちゃん」
「こ!?  いえ、そんなつもりはなくて!」
「面と向かってそんなん言われたん初めてやけど、えらい嬉しいもんやなあ」

 動揺する私とは反対に、北さんは落ち着いたまま、広い心で私の言葉の全てを受け取ってくれる。
 それでもどこか気恥ずかしくて、私は視線を手に持ったおにぎりに戻した。
 北さんの育てたお米を宮さんが握って美味しいおにぎりになる。そしてそれは、今日明日を生きる私の栄養になる。
 一度深い呼吸をして、再度北さんを見つめた。

「気持ちが昂ぶってしまったんですけど、その、全部本当なので」

 北さんは優しく笑う。
 やっぱり食べることって幸福だ。

「北さんも宮さんも、本当に凄いです」

 大きな口を開けて再びおにぎりを頬張ると、幸福の味が口内に広がっていった。