※SSS


「名字先輩はメシ食ってるとき何考えてますか?」

 影山くんからの問いかけに手が止まる。夏休み合宿最初の夜、対面に座った影山くんは私をじっと見つめた。深くどこまでも澄んだ瞳。艶のある眼球に私が映って、そのまま吸い込まれそうだなと思う。
 質問の意図を掴めず、私は思ったことをそのまま口にする。

「え……この味付け好きだなぁとか、そろそろお腹いっぱいになってきたかなぁ、とか?」
「そっすか」

 それだけ言うと、影山くんは大きな口を開けて再びご飯を口に運び始めた。胡瓜とワカメの酢の物。ポテトサラダ。白身魚の野菜あんかけ。五穀米のごはん。油揚げと生姜の味噌汁。一皿に乗せられた量の違いなのか、私と同じものを食べているようには思えない。
 歯ごたえの残る野菜に白身魚のふっくらとした柔らかさがよく合っていて、一番出汁の良い香りは鼻を抜け目の前で咲くように開く。五穀米が口の中でプチプチと弾ける感覚。水滴のついたグラスに入った水を一気に飲んで、私も同じように影山くんに尋ねた。

「影山くんは、どんなこと考えながらご飯食べるの?」

 じっと見つめられる。口の端にご飯粒ついてるのが子供みたいで可愛いと思ったけれど、それを指摘するよりも先に動いたのは影山くんの唇。

「今は、名字先輩のこと考えてました」
「え?」

 どこかで食器がぶつかる音がした。割れたのか、ただぶつかっただけなのかわからない。確かにお皿が悲鳴を上げたはずなのに、私の視線はどこを向くわけでもなく、目の前の影山くんからそらせなかった。

「幸せそうに食うんだなって」
「あ、ああ。そういうね。まあ白身魚好きだし。影山くんだって美味しそうに食べてるじゃん」
「美味いんで」

 そうだ。そうだった。影山くんってこういう子だった。胡瓜とワカメの甘酸っぱいまろやかさを舌に乗せて、浮ついてしまいそうだった心を静める。ポテトサラダ。白身魚の野菜あんかけ。五穀米のごはん。白身魚の野菜あんかけ。五穀米のごはん。

「あと」
「あと?」
「口の横にご飯粒ついてんのは可愛いなと思います」

 慌てて口元を隠す。恥じらいもない影山くんの声色。この動揺を悟られまいと私は必死に平然を保って紙ナプキンを手に取った。私をじっと見つめるその瞳は果てのない夜みたいでやっぱりずるい。

「……影山くんもだからね」

 せめてもの抵抗だ。小さく紡いだ言葉に今度は影山くんが口元を拭う。
 何事もなかったように少しぬるくなった味噌汁を飲んだけれど、ピリッとした生姜の辛さが心を刺激する。
 夜に捕われたら最後、出口なんて無いにも等しいことを私は多分、とうの昔に知っていた。