※SSS


 彼氏に振られた。ので、パンを作ることにした。
 仕事から帰宅した夜9時。ボウルに強力粉、ドライイースト、砂糖、塩、水、バターをぶち込んで捏ねた。ただひたすらに捏ねた。
 捏ねて、捏ねて、捏ねて、時々打ち付けて、捏ねて。
 ふざけんなという気持ちを込めて捏ねた物体は、私のトゲトゲしたドス黒い感情と反対に優しいベージュをしている。つるんと綺麗に丸いフォルム。柔らかい質感のそれはこんなにも怨念を詰め込んだはずなのに2回の発酵を経て、ふわふわの美味しいパンになった。

「……で、これがそのパン?」
「うん」
「せっかく持ってきてもらったのにそれ聞くとすごく食べにくいんだけど……」

 翌日、同時刻。余ったパンを持って幼馴染の研磨宅へ行けば、そのエピソードを聞いた研磨は眉間に皺を寄せてパンを見つめた。

「まあ味は美味しいから大丈夫」
「そもそも夜にパンって」
「研磨だって一日中ゲーム出来ちゃうじゃん」
「……それ、夜にパン食べることと関係ある?」
「一般的な思考からちょっとズレてるって点では」

 一度だけじっと私へ視線を向けた後、研磨は深いため息を吐いてパンを一つ手に取る。気づかれないようにそっと微笑んだ。なんだかんだそうやって優しいところ、私はちゃんと知っているのだ。

「どう? 美味しい?」
「良いんじゃない、多分」
「多分って。点数で言うと?」
「えー……」

 絡み方がめんどくさいって顔してる。でも私はちゃんと知ってるから。研磨は点数を言ってくれること。

「じゃあ……85点くらい?」
「あと15点足りない理由は?」
「エピソード的にマイナス15点」

 85点のパンを研磨は口に運ぶ。少食の研磨が2つ目に手を伸ばしてくれるのはきっと、研磨なりの慰め方なんだと思う。
 パンの上に振りかけられた強力粉が粉雪みたいに落ちてテーブルを汚した。焼きたての、熱すぎて手に持ったら火傷してしまう熱さなんてもうどこにもないけれど。

「研磨」
「なに?」
「ありがと。私の怨念入り鬱憤パン食べてくれて」
「……ちょっと。言い方どうにかなんないの。点数下げるよ」

 振られたやるせなさを押し込めて笑った。いつかまたパンを作るときはきっともっと優しい気持ちで作れるだろうと思いながら私も一つパンを手にとった。