※SSS


 陶器のような彼女の白い肌に何かを深く刻みたかった。思い出でも傷でも痕でも何でも良かった。ただ自分が残したという事実があればそれだけで満たされるような気がした。
 だからしんと世界が寝静まった深夜、彼女の体に覆いかぶさって強く強く突き刺した。持ち合わせるだけの愛を口に含み、ぐっと、その肌を突き破ろうとする勢いで首を噛んだ。
 唾液を擦り付けるように舌を動かせば、動脈がその上で息をした。生きている。そんな単純で当たり前のことを感じながら深く歯を立てる。夜が深まれば深まるだけ、痕は強く残るような気さえしていた。

「……い、痛っ……え、なに!?」

 夢から目覚めた彼女は掠れた声で言う。それがまた扇情的でより一層深く刻みたい情動を誘発する。嚥下した唾液と共にその欲望を飲み込んで、出来るだけ優しく声をかけた。彼女が夜に怯えてしまわないようにと願いながら。

「ああ、起きちゃった?」
「起きるよ、痛いもん……」
「ごめん。眠ってる名前見たら我慢できなくなって」

 体勢は変えず、ただじっと瞳に焼き付けんばかりに彼女を見つめた。薄く射し込む月の光。遠く、どこかの場所で車の走る音が聞こえたけれどそれは多分、こことは全然違う世界の音なんだと思う。
 暗闇に慣れた目で輪郭を全て縁取り、視線だけで彼女を優しく撫でる。

「恥ずかしいからそんなに見ないで……」

 すると顔を背けて蜘蛛の糸のように細い声を零した。声はたらりと溶けて部屋を隙間なく満たす。それが肌を刺激するから、この無垢で純粋で頼りない彼女を愛したいと思ってしまうのだ。

「名前、寝る?」
「寝るよ。倫太郎は寝ないの?」
「寝るけど寝れない」
「何それ。子守歌でも歌ってあげようか?」

 幸せそうな表情。その首筋には歯形が残っているということを彼女はもう忘れているのだろう。もしかすると、この心許ない戯れだって夢の一片とすら思っているかもしれない。

「とか言って絶対先に寝るの名前じゃん」
「んー……」
「名前? 子守唄歌ってくれるんじゃないの?」

 規則正しい吐息。彼女はもう夢の住人だった。
 指先を喉元に宛がい、少しだけ力を加え、その細い首を圧迫した。脈拍と呼吸と伝わる体温が俺を抱きしめる。導かれるように引き込まれるように唇を再びその肌に寄せた。肌に乗る犬歯。そうだ、この世の官能は全てここにある。
 死ぬまで消えない何かが残ると良い。そう願いながら最後にもう一度だけ力を込めた。