※SSS


 別に、わかってたけど。こういう世界にいるんだしいつ命が尽きてもおかしくないってことくらい。だけど多分、私はわかっていたようでわかっていなかった。
 灰原が死んだって聞いた時、全身の力が抜けて頭の中が真っ白になった。嘘だって思った。時間よ戻れって。でも誰も嘘はついていないし、時間も戻らない。灰原は死んだ。それだけが残された事実だった。

「セックスしようよ」

 私は言った。淡々と。
 遊びに行こうよ。ご飯食べようよ。映画観に行こうよ。そう誘うのと同じくらいの口調だった。

「……は?」

 七海は顔をしかめた。眉間にシワが寄っている。七海は多分、静かに怒るんだろうなと思いながら私は続ける。淡々と。淡々と。

「セックス。七海、したことある? 私初めてだから上手に出来ないかもしれないけど、それでも問題なかったら七海としたいんだよね。だって私達いつ死ぬかわかんないじゃん。もし明日死んだら私、最期に絶対思うよ。セックスくらいしてから死にたかったって」
「……とりあえず何回もその単語を言うのはやめてくれ」

 本音を言うと、別に相手は七海じゃなくても良かった。五条センパイでも、夏油センパイでも良かった。多分、場合によっては硝子サンでも良かったんだと思う。自分勝手に定めた『この人ならOK』の範囲の中にいたら、誰でも良かった。
 でも七海が一番灰原のこと解っていたと思うから。だから、やっぱりセックスをするなら七海が良かった。
 頭を抱えて小さくため息を吐いた七海を横目に、それでも私は続ける。淡々と。淡々と。淡々と。

「七海って童貞? コンドーム持ってる? てか私の部屋と七海の部屋ならどっちが良い?」

 ペラペラとよく動く口だこと。そう、自分でも思っていた。

「それはただの傷の舐め合いだ」

 だけど、七海が言った。私はぐっと胸が詰まって何も言えなくなった。
 知ってる。わかってる。そんなの私が一番、そう思ってる。

「……処女のまま死にたくないのは本当だし」

 どうにか言葉を紡いだ。脳裏に浮かぶのは灰原の笑った顔だった。おやすみって言ったのに。おはようって言ったのに。当たり前にそこにいたのに、突然いなくなった。きっと私もそんな風にこの世界から消えるのだろう。そう理解したら急に怖くなって、悲しくなった。
 七海が私の頭に手を置く。

「泣きたいなら泣けばいい」

 やめてよ。私は泣きたいんじゃなくてセックスがしたいんだってば。明日死んでも後悔しないようにセックスがしたいの。なのに、なんでこんなに涙が溢れてくるの。
 その優しさに絆されるように、私は口走る。

「……七海はいなくならないで。私も頑張るから、七海も頑張っていなくならないで」

 七海は何も言わなかった。ただ、頭の上に置かれた手のひらが小さく動いただけだった。