※SSS


 今日こそは言う。絶対に言う。だって新年度の始まりだし、タイミング的にもなんかちょうど良い気がするし! それに晴れてて桜も綺麗だし!
 何かと理由をつけて自分の士気を高める。息を吸って。吐いて。吸って。吐いて。幼馴染として長年片思いを募らせてきたけれど、言葉にするのは初めてだからさすがに緊張する。
 立ち止まり、視線を下げる。目線の先にある地面では蟻が行列を作って懸命に前へ進んでいた。そう、春なのだ。新しい季節なのだ。だから、言う。

「名前、どーした? 腹でも痛ぇの?」

 足並みが揃わなくなった事に気付いたのか、衛輔が振り返って心配の言葉を並べた。俯いたままの私は何も言わず頭を横に振るだけ。
 まだ春休みだけどお互い部活があるし、一緒に行こうと約束したのは一昨日の夜。その時はまだ言うつもりはなかった。だけど昨日、友達から彼氏が出来たと報告を受けて私にも何かが伝染した。

「あのね」
「おう」
「私、衛輔のこと好き! つ、付き合いたい!」
「え」

 衛輔は目を見張って、瞬きを繰り返した。太陽の光が衛輔の顔を照らして、桜の花弁は目の前をハラハラと通過する。遠くから聞こえる踏切の音。パン屋さんの香り。一世一代の告白をした瞬間も、世界はいつもと変わらない。自分の心臓の音を強く感じながら、衛輔の返事を待つ。

「ああ、そっか。今日エイプリルフールだもんな。部活忙しいとそういうの忘れたりするけど今ので思い出したわ」

 血の気が引いた。その言葉に今日がどんな日であるかを思い出したのは私もだ。4月1日。こんな日に告白なんて、嘘だって思われても仕方ない。
 ケラケラと笑う衛輔を見つめながら握りこぶしに力を入れてゆっくりと口を開く。もう戻れない。戻らない。そう決めたから、この気持ちを嘘にはしない。

「違う」
「名前?」
「違うよ。エイプリルフールの嘘じゃないの。本当の本当で本当に衛輔が好きなんだってば!」

 荒げた声にすれ違う人が私達を見る。恥ずかしい。けれど、そらさないで衛輔を見つめた。もう一度驚きの表情を見せた衛輔は手のひらで口元を覆い、小さく呟く。

「……まじ?」
「まじ。大まじ。超まじ。ハチャメチャにまじ」
「まじか……」

 衛輔の耳が赤く色付いた気がした。

「だから私と付き……あ、電車の時間! やば!」

 だけどそんな悠長に話しをする暇もないことを思い出して、私は衛輔の腕を掴んだ。そのまま桜の木の下を走り出す。地面を強く蹴る。髪の毛が踊る。高揚した気持ちが私を前へと押しやる。春の風がたまらなく気持ち良い。

「なぁ」
「なにー?」
「付き合おうぜ、俺たち」
「え、本当に? 嘘じゃない?」

 思わず立ち止まった私の腕を衛輔が掴む。私がそうしたように、今度は衛輔が先頭を切って駆け出す。
 
「嘘じゃねぇよ」

 春の風に乗って、衛輔の言葉が私の耳に届いた。