呪術師やってて人並みの幸せを願う方がどうかしてるんだろうな。
 でも人を好きになる事くらいは許してほしい。いつ死ぬかもわからないんだから、恋くらいはさせてほしい。
 そう思うことすらわがままになるんだろうか。

「ね、夏油って好きな人いる?」
「随分と突然だね?」
「やっぱりこういう話題は一回くらいしておきたいじゃん」

 それに誰もこういう話にのってくれないんだもん。五条も硝子も、なんなら七海くんも。だからもう私には夏油しか残ってない。
 初秋の爽やかな風が開け放たれた窓から入り込んでくる。揺れるカーテンに煌めく太陽の光。これが普通の学校だったら私は今、どんな生活を送っていたんだろう。
 教室で男の子と恋の話、なんて少女漫画みたいなシチュエーションなのに私の周りはいつもなにかと血生臭い。

「名前はいるのかい? "好きな人"」
「いないけど、恋はしたいなって思うよ。デートもしたい」
「例えばどんな?」
「うーん。遊園地とか? あ、水族館もいいかも! カフェ巡りも楽しそうだし、映画館もいいよね。迷っちゃう。夏油は? どんなデートしたい?」

 夏油は「そうだな……」と考える仕草をした。整った横顔をじっと見つめ、縁取るように体のラインを視線でなぞる。
 もし。
 もしもだけど、夏油が私の彼氏だったら、放課後にスタバで新作のフラペチーノを飲んで、休みの日には夜通しゲームなんかしたりして、おそろいのTシャツを着て、五条と硝子にばれないようにこっそりキスをしたりするんだろうか。

「花火大会とか、かな」
「え?」
「デート。聞いてきたのは名前だろう?」
「あ、ああ。うん、ごめん。そうだったね」

 慌てて意識を戻す。
 煩悩まみれの妄想を膨らませていたなんて知られたら、夏油はもう私と恋の話をしてくれなくなるかもしれない。

「花火大会は夏って感じでいいね」
「それに好きな子の浴衣姿も見られるしね」
「夏油、女の子の浴衣姿好きなの?」
「嫌いな男はいないさ」
「そうなの? それはいいこと聞いちゃったな。今後に活かさないと」

 おどけるように言う私に、夏油は柔らかい笑みを向けてくれた。夏の文字を背負って、夏らしいデートを望むこの人の生まれた日が冬の寒い時期なんてなんだか信じられないな。

「ねえ、夏油」
「なんだい」
「夏はもう終わっちゃったから夏油の誕生日に花火しようよ。冬の花火もきっと綺麗だよ」

 なんでそんなことを言ったんだろう。もし夏油が私の彼氏だったら、なんて考えてしまったからかな。
 私の言葉を聞いて一瞬だけ目を見張った夏油は、だけど、次の瞬間にはいつもの調子で笑っていた。

「もしかして私はいまデートに誘われてるのかな?」
「あっ……い、いや、違うよ! ただ、みんなでそういうのも、楽しそうかなって……」

 デートに誘ったつもりはなかったけれど、会話の流れを汲むとそう捉えられてもしかたない。言葉尻が萎んだせいで言い訳みたいに思われたかもしれない。

「いいよ」
「え?」
「名前となら、ふたりきりでも」

 でも、夏油は言った。私をまっすぐに見つめながら。
 時間が止まったように思えた。
 絞り出すように言葉を紡いだ。

「……寒いから浴衣は着れないけど、それでもいいなら」

 人並みの幸せじゃなくてもいいから、仄かな恋の予感くらいは抱きたい。それがわがままでも、独りよがりでも。
 秋風が再びカーテンを揺らす。早く季節が巡れと密かに願った。