※SSS

「あのね、研磨。実はクロと付き合うことになったんだけど……」
「へえ。良かったじゃん。おめでと」
「え、それだけ!? もっと驚くと思ってたのに!」

 研磨はあっさりと祝福の言葉を口にした。いつ、どうやって、どんな言葉で伝えようか散々迷ったのは意味がなかったようだった。久しぶりに研磨の部屋へ遊びに来たというのに視線はポータブルゲーム機に向けられている。まるで私の報告なんて研磨にとっては取るに足らないことだと言われているみたいだ。

「むしろ付き合ってないほうがおかしいのになんで驚かなくちゃいけないわけ」
「付き合ってないほうがおかしい……?」

 研磨の言葉を繰り返すと、どこか呆れたような表情をされた。
 隣の家に住むひとつ年下の研磨は私にとって弟のような存在で、目に入れても痛くない程に可愛い幼馴染だ。小さい頃は毎日のように一緒に遊んでいたのに、ある日突然やってきた黒尾鉄朗という存在がその日常を変えた。幼いながらにも研磨とクロの相性が良いのはわかっていたし、仲間外れにされたわけじゃないからクロを嫌いだと思ったことはないけれど、幼いからこそ二人の仲に嫉妬することもあったし、私から研磨を奪ったクロを敵だと思ったこともあった。
 そんなクロと私が付き合ったんだから、研磨はもっと驚くと思ったのに。

「でも私、研磨を取られたくなくてクロに宣戦布告したこともあったし」
「小学生の時の話でしょ」
「それはそうだけど」
「それにクロはずっと名前の事好きだったし、いつかはそうなるんだろうなって思ってたから」
「えっなにそれ詳しく」
「やだよ、めんどくさい。クロに直接聞きなよ」
「それは無理! 恥ずかしくて無理! 付き合ってからの距離感になれなくてクロと一緒に居るだけでも心臓バクバクなんだもん聞けるわけない」
「待って、おれ今度から惚気話聞かなくちゃいけなくなるの?」

 ゲーム機から顔を上げた研磨は苦いお茶を飲んだ時のような表情を見せた。
 でも私のことを、クロのことを誰よりもわかっているのは研磨だけだ。だからきっとクロとの間に何かあれば私は真っ先に研磨に伝えたくなる。

「めちゃくちゃ嫌がってる! でもでも、相談くらいは乗ってほしいなぁ……なんて」
「気が向いたらね」
 
 致し方なし、といった様子で研磨は再び視線をゲーム機へ戻した。幼い頃の面影を残す横顔。私の可愛い、弟みたいな幼馴染。
 そんな研磨を、私はただじっと見つめた。好きなのはクロ。でも研磨のことだって大切にしたい。それは子供じみた事だろうか。

「ちょっと、なに。見すぎ。気になる」
「ばれてた」
「あのさ、名前の事だからおれが余計な気を遣うんじゃないかとか、喧嘩したら迷惑かかるんじゃないかとか心配してると思うけど、おれ別に気にしないから。驚きもしないけど、普通に嬉しいとは思ってるし。まあ喧嘩は控えてほしいけど」
「研磨……!」
「それと」
「それと?」

 研磨はいたずらに口元を緩く上げる。

「今度はクロを取られないようにっておれに宣戦布告しないでね」
「子供じゃないんだからそんなことしないってば!」

 だけど、嫉妬心に潜む淡い恋心に気付けたのは私が大人になったからなのだろう。等しくやってくる未来に、私はこれからも私の可愛い弟みたいな幼馴染を大切にしたいと思うのだった。