「俺と結婚してください」

 突然のプロポーズに私は何も言えず、ただ瞬きを繰り返すしかできない。
 言葉の主は6歳年下の近所に住む可愛い男の子だった。
 だった、のだ。

「えっと……まず、私達ってそういう間柄じゃないよね?」
「うん。だから、結婚を前提に交際してほしいなって」

 大人になった、と思う。顔つきも声色も背の高さも、全部もう大人のそれだ。
 それでも私にとって京治くんは「近所に住む可愛い男の子」で、結婚を一旦置いたとしても、そういう対象として見るなんて無理な話でしかなかった。
 目の前にあるアイスティーを飲んで呼吸を整える。お昼を過ぎたカフェタイム。最近できたハワイ風のカフェは、近くに大学があるおかげか学生らしき人達で埋め尽くされている。
 聞こえてくる会話が次のレポートの話だったりバイトの話だったりするから余計にこの話題はこの場所に似つかわしくないような気がした。

「ちょっとびっくりしてどこから何を言えばいいのかわかんないや……」
「誕生日のプレゼント、何でもいいって言ったのは名前さんなのに? 俺は来年卒業だし、出版社に就職も決まってるし、名前さんを困らせることは何もないよ」
「プロポーズって誕生日プレゼントになる!? いや、って言うかそうじゃなくて、卒業と就職が決まってるのもおめでたい話なんだけど、でもそうじゃなくて! 待って。てことは京治くん、私のことが、その……好きってこと?」
「好きだよ。好きじゃなかったらこんなこと言わない」

 けろりとした表情。
 お互い一人っ子同士だし、私は京治くんのことを弟のように、京治くんは私の事を姉のように思っていると思っていた。だから血の繋がりがなくてもこうやって親しく出来ているのだと。
 京治くんが躊躇いもなく好きとか結婚してくださいとか言えることにも正直驚いたけれど、相手が私だということが一番の驚きだ。

「そ、そっか」

 自分で聞いたくせに、恥ずかしくなってつい顔をそらしてしまう。
 好きと言われたから『わかりましたじゃあ結婚しましょう』というわけにはいかないものの、ちょっと心が揺さぶられたのは事実だった。

「や、でもね、やっぱりそういうことじゃ――」
「名前さん、男女の平均寿命の差、知ってる?」

 珍しく京治くんが私の言葉を遮って言う。

「え? わかんない……でも女性の方が平均寿命が長いのは知ってるよ」

 突然の話題に戸惑ったものの、正直に答える。

「約6年。俺たちの年齢差と一緒。だから結婚して、一緒に死ねるのも悪くないと思わない?」

 京治くんの柔らかい瞳と、これから先に思いを馳せるような声色。
 6歳差だからって一緒に死ねるとは限らないよね、と思ったものの京治くんが伝えたいことはそういう事じゃないと、口には出さなかった。
 京治くんが死ぬときのことまで考えているのが意外で、なぜか急に京治くんが「近所に住む可愛い男の子」ではないんだということを感じた。感じたというよりも納得したという感覚に近いかもしれない。
 そっか、この人は私が死ぬときの事まで考えてくれてたんだ。

「だから俺と結婚して、名前さん」

 再び、その言葉を口にされる。

「……京治くん、意外と強引なところあるね?」
「名前さん、前に強引なのも嫌いじゃないって言ってたから」
「え、いつ?」
「ほら、酔っ払って間違って俺に電話かけてきたとき」
「よく覚えてるね……」
「名前さんの事なら全部覚えてるよ」

 どこか妖艶な笑み。
 ……いや、ない。ないない。だって今までそんな風に考えたことなかったのに。姉のような存在だと思っていたのに。弟のような存在だと思っていたのに。近所に住む可愛い男の子だと思っていたのに。
 それなのに今、私の心臓は柔く優しく、鷲掴みにされた。

「…………ま、前向きに検討します」

 白旗を降ったのは私。

「うん。早くいい返事貰えるの待ってる」

 京治くんの誕生日まであと半月。口にする返事はもうほとんど決まっているけれど。

(23.06.01)