諦める。絶対に諦める。もう何回もそう思って結局諦めきれなかったけれど、今回こそは諦める。
 次の授業の為、縁下と共に化学室へ向かいながら決意を口にすると呆れた顔で「はいはい」といつもの如く軽くあしらわれてしまった。

「や、今回は本気だから。マジだから。嘘じゃないから」
「わかったわかった」
「わかってない!」

 西谷を好きになって早1年。清水先輩という存在がいたため最初から成就しないとわかっていたけれど、それでも捨てきれない思いをずっと抱えてきた。
 2年生になってクラスが離れることになっても1年生の時の延長みたいな感じで西谷とは時折連絡をとっていたし、試合の応援にも何度か行ったし、お互いそれなりに仲が良いって自負している。けれど、結局どれだけあがいても私と西谷はそこまでの関係なのだ。
 話したこともない清水先輩を羨んで私もああなりたいと思うより、次の恋を見つける努力をしたほうがまだマシな気がする。

「諦めるって、告白でもするってこと?」
「しない。そっとこの気持ちを消滅させる。どれだけ頑張っても私は清水先輩になれないし」
「名前には名前の良さがあるんだからそのまま西谷に告白すればいいのに」

 そりゃあ私だって希望があるならそうしたいけれど、こんな絶望にまみれた恋じゃ告白なんてできっこない。だから今日をもってしてこの恋を手放すのだ。
 だけどそんな風に決意した折、前方に西谷の姿が見えた。

「名前! ……と力!」
「俺をおまけみたいに呼ぶなよ……」

 西谷、と私がその名前を呼ぶよりも先に、私の名前が呼ばれる。

「ちょうど良かった。今日部活ないから一緒に帰ろうぜ名前!」
「え?」
「放課後教室まで迎えに行くからな!」
「あ、ちょっと!」

 用件だけ言って満足したのか、西谷は私の返事を待たずして横を過ぎ去っていった。
 嵐のようだと思う時はよくあるけれど、悩む余地を与えないところが私はむしろ好きだった。強引と言うよりも前へ上へと引っ張り上げてくれるような力強さがあって、私は何度も西谷のそういうところに助けられてきた。
 半ば一方的な会話を聞いていた縁下がそっと私に声をかける。

「今回こそは諦める、だっけ?」
「……い、一緒に帰るくらいは友達でもするじゃん?」

「はいはい」と再び縁下の呆れたような声。
 いや、本当に今回は諦めるつもりでいるから。絶対。絶対に。
 だけど西谷と話しをする度に嬉しいと思うのも一緒に帰ろうと誘われて嬉しいのも本当で、結局自分ではコントロール出来ない感情と理性に雁字搦めになるしかないのもまた事実なのだった。






 西谷と一緒に帰るのは久しぶりかもしれない。最近のバレー部はずっと忙しかったみたいだし、テスト期間中も赤点を避けるために田中や縁下の家で勉強をしていたらしいし。

「え、アイス食べるの? 今日寒くない?」
「全然寒くねぇ」

 夏休みが明けてからは肌寒いと感じる日も多くなって、温かい飲み物を飲みたいと思う日も増えたけれど、西谷は坂ノ下商店でアイスを買いたいと言った。
 夕日が坂道を照らす中、坂ノ下商店の前に設置されたベンチに座って西谷がアイスを買ってくるのを待つ。
 おしゃれなカフェでもないし、人気の新作ドリンクを待つわけでもないけれど、この短い時間が私の青春を彩る。夕日に照らされたみたいに眩しく、鮮やかに。

「待たせたな!」
「おかえり」

 すぐさま隣でアイスを咀嚼する音が聞こえたかと思うと次の瞬間にはもうアイスは消えていて、2口で食べた……と唖然とするしかなかった。

「うそ、もう食べ終わったの? 見てる私が頭キーンってなりそうなんだけど」
「当たったからやる。これで名前もアイス食えるな!」
「え?」

 差し出されたのは『あたり』と書かれたアイスの棒。満面の笑みの西谷はどこか得意げで、その表情に私の心臓が緩く柔く音を立てる。

「……ありがと」

 優しくしないでって思うのに優しくしてほしいし、距離を置きたいのにもっと近付きたいって望んじゃう。どうして片思いってたくさんの矛盾を抱えるんだろう。ただ好き同士になりたいというだけなのに。

「交換するなら待つぞ」
「や、今は寒いから次一緒に帰るとき交換するかな」
「次の楽しみってやつだな」

 あーあ。
 困ったな。

「うん、そうだね。次の楽しみってやつだね」

 それは秋か冬か、それとも来週か。
 やっぱりどうにもまだ諦められそうにないからその時が来るまでゆっくりと待つしかないか。アイスの棒はひっそりと鞄に忍ばせよう。
 今はただ夕日に照らされるだけ。だけどいつか私らしくこの気持ちを言葉に出来たらいい。
 縁下には「そんなことだろうと思った」って言われると思うけど。

(23.05.31)