※SSS


「俺と遠距離恋愛してください」

 その言葉の後、徹は深々と頭を下げた。
 居酒屋特有の喧騒の中、テーブルに置かれた焼き鳥の最後の1本を見つめる。高校を卒業したと同時に徹と別れて約2年。別れ話を切り出された時はこんな未来を辿るなんて想像すら出来なかった。
 でも、なんて言うか、正直なところ徹がそう言ってくれてちょっとほっとしてる。喉なんて乾いていないのに、氷が溶けてほとんど味がなくなったレモンサワーを飲んでみる。
 遠距離恋愛。遠距離恋愛かぁ。

「俺から別れようって言ったくせにこんな事言うなんておかしいってわかってるけど、この2年、名前と連絡とったり、帰国した時に会ったり、どうしたって一緒にいると楽しかった。用件もないのに連絡するのはもうやめようって思ったんだけど、ごめん、出来なかった」

 切実さと言うか、必死さみたいなものがそこにはあって、それを隠そうとしない態度が徹にしては珍しいなと思った。
 けれど、それこそが私に安心感をもたらした。そう思いながら連絡を取りあっていたのは私だけじゃなかったんだ、と。

「だから俺と遠距離恋愛してほしい」

 私からの返事を切望する徹の瞳。
 徹がアルゼンチンへ渡ってからこうして会うのは2度目。連絡は2日に1回のペース。別れたカップルの距離感ではない事は自分でもわかってはいたものの、それ以上を求める事にも、それ以下になる事にも踏ん切りがつかなった。

「いいの? 友達なら会いたいなんて言わないけど、彼女になったら会いたいって言って徹のこと困らせちゃうかもよ?」

 先に手を伸ばしてくれたのが徹だったことに驚きと喜びが芽生え、つい試すような物言いになってしまう。
 不思議と『また別れることになったらどうしよう』という不安は抱かない。別れた日々の悲しさよりも焦がれる日々のほうがもどかしいと知ったから。

「じゃあ俺も会いたいって言って名前のこと困らせようかな」

 でもこれからは会えないことへのもどかしさが募ったりするんだろうか。わかんないや。遠距離恋愛は初めてだから。
 もう一度レモンサワーを飲む。薄い、レモン水みたいな味。アルコールなんてどこにも感じられなくて酔っ払ったなんて言い訳は出来ない。

「困らせてもいいけど遠距離恋愛も悪くないって思わせてね」

 少しだけ目を見張った徹は次の瞬間緩く笑って、私を見つめた。

「むしろ遠距離恋愛でよかったって言わせてあげる」

 探り合うような恋愛にはならない。手を繋いでいるし、キスもしている。お互いのダメなところも良いところもそれなりに知っている。その上で、もう一度やり直すのだ。
 会いたい時に会えない距離。だけど、好きな時に好きと言える距離。

「徹」
「うん」

 深々と頭を下げる。

「私と遠距離恋愛してください」