数年付き合っていた彼氏と別れ、もう二度と誰かと付き合う事はないのではないかと思っていた矢先に出会ったのが川西くんだった。
 多分名前と波長合うと思うよ、と友達に紹介されて知り合った彼とは友人の言った通りすぐに意気投合して、だけどし過ぎてしまったのか、知り合ったその日に朝を迎える関係になってしまった。

『名前ちゃん今日会える?』

 そして、曖昧なまま今もその関係は続いている。

『会えるよ』

 そんなやりとりを交わした数時間後、仕事を終えた私は今日も懲りずに川西くんと約束した時間、約束した場所へ向かっていた。
 人混みの中に立つ川西くんが私に気づいて、緩く微笑ながら手を振ってくれる。この瞬間が訪れる度、私はこの人と、普通の、どこにでもいる恋人同士になりたいと願っているんだなと自覚する。

「名前ちゃんおつかれ」
「川西くんもおつかれ」

 私たちは普通にカテゴライズされる関係では無いけれど、ただ一つだけ付け加えたいのは川西くんとは「身体重ねるだけの関係」ではないということだ。
 時には一緒に遠出をし、時には何もせず家に泊まり朝を迎える。川西くんは古くから知る友人のように気の置けない相手で、それと同時に男女の関係にもなる人。友人と言うには深くを知りすぎていて、セフレと言うには広くを知りすぎている。
 そういう、言葉では表せられない不安定で歪な関係。

「店、予約してるから」
「ありがと」

 川西くんが予約してくれたというお店に向かいながら私は「今日はするのだろうか」と考える。
 どちらにせよこの時間から会うということは朝まで共にいることが確定しているから、とりあえずまともな下着を着けていて良かったと内心、安堵した。

「金曜の夜だから人多いね」
「はぐれないように手でも繋いどく?」
「そんな、テーマパークじゃないんだから」

 川西くんがからかうような、だけどとても柔らかい顔つきで言うからつい視線を逸らしてしまう。
 この瞬間だけ切り取るのなら私と川西くんは恋人同士のようなのに、そんな素敵なものではない事を私は痛いほど理解しているのだ。

「じゃあ今度、一緒にテーマパーク行こ」
「え」
「今よりもっと混んでるだろうけど」

 川西くんは私に彼氏がいない事を知っているし、私も川西くんに彼女がいない事を知っている。でもお互い絶対に好きの2文字は口にしないし、キスを口に落とすこともない。
 だからそんな一日が訪れたとしてもそれはデートではない。ただ、共に共通の思い出を重ねる日。わかっているのに、今、私の心は確かに浮かれた。

「……その時はとびきりオシャレしようかな」

 今更それが悔しくなってそんなことを口走る。だってそれが私に出来る唯一のことだから。

「まじで? 楽しみ過ぎる」

 川西くんは笑う。それは屈託のない笑みで、心からそう思っているのが伝わる表情だった。
 このままでいいなんて思っていない。いつまでも続く関係ではないのもわかっている。
 だけど、時々やってくる寂しさや苦しさを綺麗に洗い流してくれるから私はこの生温い甘さから抜け出せないままなのだ。

(23.11.18)