誘うのは大抵俺からだから、名前ちゃんの気持ちがそれほどこちらに向かっていないのはわかっているつもりだ。
 それでも懲りること無く、飽きることなく連絡をとり続けてしまうのはいつかどうにかなるのではないか、という淡い期待があるからなんだと思う。そうじゃなかったら何度も身体を重ねる事はないはずだ、と。

「このお店よく来るの?」
「いや、二回目。前に会社の飲み会で来て美味しかったから名前ちゃんと一緒に来れたらいいなって思ってさ」
「そうなんだ」

 お酒を飲む横顔を見つめる。あー可愛い。
 時々一緒に遠くへ出かけて何もせず手を繋いで眠る日もあって、これはもう実質付き合ってるも同然だと思っているけれど、実際はそんな簡単な話ではない。

「川西くんと一緒に行くお店っていつも美味しいからつい食べすぎちゃうんだよね」

 困ったように笑うから、初めてセックスをした日の事を思い出した。お酒の勢いもあって重ねた身体は最高に気持ちが良くて、裸のまま気だるそうに朝日を浴びる彼女がとても美しかった。それまでの会話だって盛り上がったし、顔だって好みだし、このまま付き合う流れになるんじゃって時に拒まれたキス。
 以来、俺は肝心な言葉を言えないままだ。

「美味しそうに食べる名前ちゃん、可愛いと思ってるけど」
「……川西くん、言う相手を選ばないと勘違いされちゃうよ?」

 勘違いしてほしいから言ってるのに、彼女は一向に勘違いする雰囲気を見せない。俺はただ彼氏と別れた寂しさを埋めるだけの存在なのかと思うとどうしようもなくやるせないけれど、一緒にいる時の楽しさや幸福が日々の疲れを癒してくれるから俺は今日もささやかな可能性にすがるのだ。

「名前ちゃん、明日仕事だよね?」
「うん。川西くんも? 今日はうちに――」
「いや、今日はこれで帰るわ」
「え」

 名前ちゃんの手が止まる。それもそうだ。今まではずっとどちらかの家に行って朝を迎えるのが常だったのだから。

「あー別に一緒にいたくないとかじゃなくて普通に明日の仕事が早いからってだけだから」
「そっか。今日は朝までずっと一緒にいるのかなって思ってたから勘違いしてた……」

 恥ずかしいね、と名前ちゃんはまた困ったように笑った。今度は頬を赤く染めて。それがお酒のせいなのかどうかは分からなかったけれど、俺はまた性懲りも無くこの子がすきだと思ってしまう。
 名前ちゃんの事を友達だと思ったことはない。もちろんセフレだと思ったことも。俺にとっては最初からずっと好きな子だった。
 前の彼氏よりたくさん好きって言うし、ネイル変えたらすぐ気付くし、髪型も毎日褒めるし、作ってくれた料理は絶対に残さないで食べるから、そろそろ俺の事好きになってくんないかな。

「名前ちゃん」
「うん?」
「急かもしれないけど」

 彼女の広くを知っている。
 彼女の深くを知っている。
 だから、さらに知りたい。
 言えば驚くだろうか。困らせてしまうだろうか。無かったことにされてしまうだろうか。でももうここまできたから言うしかないよな、と大きく息を吸う。
 
「俺、名前ちゃんのこと――」

(23.11.20)