堅治と出会った時、漠然と『この人の事をそこそこ好きになって、そこそこの恋愛をするんだろうな』と思った。他の女と2人で出かけると言われれば嫉妬をするし、深夜まで飲みに行くのを嫌だと思うくらいには恋をするんだろうな、と。
 友達の紹介というありきたりな出会いから早3年、私は今もなお堅治とお付き合いを続けている。
 当初の予想通り堅治の事をそこそこ好きになって、嫉妬や喧嘩も何度か繰り返した。お互いの友達を紹介したり、少し遠出をしたり、そこそこの恋愛になるはずだった。

「私さぁ、堅治と付き合い始めた時、1年半くらいで別れるんじゃないかなぁって思ったんだよね」

 なのにいつの間にか、この人じゃないと嫌だと思うようになっていた。

「はあ? 今それ言うのかよ」
「だって堅治と長く一緒にいるイメージが出来なかったんだもん」

 笑いながらそう言うと、運転席にいる堅治は少し苦い表情を見せた。堅治の事をそこそこ好きになって、そこそこの恋愛をするんだと思っていたんだよって言ったら、もっと怒らせてしまうかもしれない。
 助手席の背もたれに体重を預けながら、先ほど渡されたエンゲージリングを夜の光にかざす。

「それがまさかこんな事になるなんて、夢にも思わなかったなぁ」

 月明かりを受けたダイヤが一瞬、キラリと光る。いつ買いに行ったのか。どうしてこのデザインにしたのか。どれくらいの金額だったのか。どんな気持ちで選んだのか。記者会見の如く聞きたい事はたくさんあったけれど、口にしないまま与えられた幸せに浸る。

「今更さっきの返事をなかったことにすんのは無理だからな」
「大丈夫大丈夫。結婚するなら堅治以外考えられないって思ってるよ」
「お前この前ロメロと結婚したいとか言ってただろ」
「それはそれ、これはこれ。そもそもロメロ選手結婚してるし子供いるし?」
「未婚で子供もいなかったらアリみたいな言い方すんなよ」
「いやいや、堅治が一番だから」

 本当かよ、と堅治が笑う。緩く上がった口角と、言葉とは裏腹に優しさが滲む目元。ああ、私はこれからこの人と家族になる為の準備をしていくんだと、これまで感じたことの無い感情が芽生える。
 時々憎たらしいほど口が悪いし態度も大きくて、多分これからも喧嘩はなくならないけれど、私ひとりじゃ知りえなかった幸福をこの人の隣でたくさん知るのだ。

「愛してるよ、堅治」
「突然だろ」
「だってもう恋じゃ収まらないなって」

 赤信号に引っかかり、車が止まる。淡い振動が心地良い。結婚するんだよって3年前の私に言っても信じてもらえないだろうな。

「まあ……俺も、愛してる」

 プロポーズという一大イベントをこなしたからか、今日の堅治の言葉はいつもよりも甘い。
 毎日こんな感じでもいいのになぁと思ったけれど、それはもう私が好きになった堅治じゃなくなってしまうかと考えを改めて、再び左手の薬指に視線を送る。
 走り出す車。にやけてしまう顔を堅治に見られないようにと私はそっと窓の外へ視線を向けた。