夏の隙間を探すように木陰を歩いた。木漏れ日が時々降り注いで眩しさに目を細める。太陽の日差しが強すぎると思うけれど、デートの日が晴れているのはやっぱり嬉しい。
 待ち合わせ場所まであと200メートル。待ち合わせ時間まであと5分。
 足取りは自然と軽くなる。

「あ、つ、む、くん!」

 かき分けるように人ごみを抜け駆け、寄った先にいる恋人の名前を呼ぶと、侑くんはすぐ私に気が付いてくれた。

「名前」 

 夏の暑さすら味方にしたような出で立ちは、我が彼氏ながら尋常じゃなく格好良い。耳障りの良い声が私の名前を呼んで、私はそれだけで今日のデートに百点満点をつけたくなってしまった。

「お待たせ」
「俺も今来たところやし」
「え〜嘘だ。絶対侑くん早いうちから来てたでしょ〜」

 背の高い侑くんはどこにいてもすぐに見つけられる。今日だって、地下鉄の駅の出口を出た瞬間に私はばっちりその姿を目にすることができた。待ち合わせ場所の近くの木陰にいる、一際背の高い、金髪の人。その身長のお陰で、笑ってしまうくらいすぐに、私は侑くんを見つけることができるのだ。

「名前一人にして変な奴に声かけられるん嫌やん!」
「あはは。ないない、そんなの。大丈夫だよ〜」

 買ったばかりのウェッジソールのサンダルが少しだけ私と侑くんの距離を縮めてくれるのを感じながら私は侑くんを見上げた。
 どうだ、かっこいいだろう、私の彼氏。しかも日本代表に選ばれるくらいバレーボールが上手いんだぞ。だから侑くんのほうが綺麗なお姉さんに声かけられちゃう心配したほうがいいよ。

「ご機嫌やな、名前」
「そう? 侑くんに会えたからかなあ」
「ほんっまそういうとこ!」

 暑いのに私たちは手を繋ぐ。手のひらの熱さえも愛おしいと思えるくらい、私は侑くんを愛している。
 今日のデートは始まったばかり。






 カフェの冷房がたまらなく気持ち良い。この気持ち良さを知ってしまったら最後、もう今日は外を歩くことなんて出来ないんじゃないだろうか。頭の中で地下道に通ずる最短経路を思い描きながら、メロンソーダを注文した。

「え、ちょ、え、なんなん、それ」
「え?」

 鞄からスマホを取り出しテーブルの上に置いた瞬間、侑くんは顔色を変える。怒りとも焦りとも違う、なにか複雑そうな様子は店内の緩やかな音楽とは真逆だ。
 私は首を傾げ侑くんを見つめる。

「なあに、どうしたの。そんな顔して」
「……それ」
「それ?」
「名前のスマホ」
「私の、スマホ……」
 
 まじまじと、信じられないものを見た時のような目つきには翳りが見える。別に変なカバーはつけてないし、機種を変えたわけでもないんだけど。ピンとこないままの私に、侑くんはスマホを凝視しながら告げた。

「なんで飛雄くんのグッズ持ってるん!」
「えっ買ったから?」
「そうやろうけど! そうやなくて!」

 20番の数字が中央に記載されている、シュヴァイデンアドラーズの白いユニフォーム。数日前からそのステッカーが私のスマホケースには貼られている。

「俺のは!?」
「侑くんは定期的に顔見てるし。推しと彼氏は違うっていうか」

 ああなるほどそういうことかと、私は簡単に説明を済ませる。途中、店員さんがアイスコーヒーとメロンソーダを運んできてくれたけれど侑くんは珍しく「おおきに」と言うこともなかった。

「推し……やと」
「推しです」
「え、なんで飛雄くんなん? 敵やん! いや、そもそも俺がおるやん!」
「だからほら、彼氏と推しは違うんだよ〜。侑くんだって可愛いなって思うアイドルいるでしょ? そんな感じっていうか」
「俺が可愛いと思うんは名前だけや!」
「わ、照れるなあ。私も侑くんが1番好きなんだけど、同じ宮城県出身だから親近感わいちゃって、それで推しになったていうか」
「宮城出身なら翔陽くんがおるやん」
「……あ!」

 メロンソーダの上にあるアイスクリームを口に運ぶ。その口当たりの良さと滑らかさに恍惚としながら考えてみる。
 でも日向選手はまだグッズも少ないし。それに、私黒髪の人好きだし。あと影山選手はグッズ豊富だし。とはいえ、大好きな侑くんにそんな顔をさせたいわけでもないし。

「ん〜侑くんが嫌なら控えるけど」
「う……それやと束縛しとるみたいやん」
「そんなことないよ〜。相手の嫌がることはしちゃだめだもんね。侑くんがそれで悲しい思いするなら私も悲しくなっちゃう」

 侑くんの複雑な顔は変らないままだった。その表情もかっこよくて好きだけど、とりあえず今はこれで少しだけでも気分を変えてもらおう。

「侑くん、あーん」
「え」

 細長いパフェ用のスプーンにアイスを乗せ、侑くんに差し出す。一瞬戸惑ったけれど、侑くんはパクリとスプーンを口に入れた。

「おいし?」
「……旨い」
「よかった。ちょっとは幸せな気持ちになってくれたら私も嬉しい〜」

 影山選手は推しだけと侑くんは愛してるし。同じ土俵じゃないし。それにずっと見ていたいプレーも、やっぱり侑くんなんだよ。
 噛み砕くように言えば、侑くんは深く長い息を吐き出した。零すように呟いた言葉は、もしかしたらひとりごとだったのかもしれない。

「……俺、多分一生名前に振り回されて生きることになる気がするわ」
「そんなことないと思うけどなあ」

 そう言って侑くんが頭を抱える中、私は弾けるメロンソーダを堪能するのだった。

(21.07.09 / 80万打リクエスト企画)