「名前ちゃんって彼氏つくらないの?」
部活が終わり、体育館の片付けをしている最中に届いたのは及川先輩からの突拍子もない質問。
「彼氏、ですか? うーん……つくりたいですけどなかなか機会に恵まれなくて」
でも男子バレー部のマネージャーをしていてもこの有り様なんだから、もしかしたら私は機会に恵まれていないというよりも機会を活かせていないのかもしれないです、という言葉を飲み込んだ。
「そうなの? ちなみに及川さんは今フリーだけど」
どこかいたずらに笑う及川先輩の言葉を出来るだけ軽く受け止めるために私は曖昧に笑った。
いつ彼女さんと別れたんでしたっけとか、何人とお付き合いしたことあるんですかとか、そういうのはなんだか怖くて聞けない。
「及川、それセクハラ」
「ひど! え、待って、名前ちゃんももしかしてセクハラだって思った?」
「や、そこまでは。でも、まあ、及川先輩と付き合うことはないだろうなとは思いました」
「ウケる。及川フラれてんの」
「マッキー!!」
及川先輩が嫌とかタイプじゃないとか、そう言うわけではないんだけど、と弁解するのもなんだか違う気がして私は結局それきり何も言えないままだった。そもそも及川先輩だって本気で私と付き合いたくてあんな事を言ったわけではないだろうし。
でも、もし。
もし私が「じゃあお互いフリー同士だしせっかくなので付き合ってみましょうか」なんて言ったら及川先輩はどんな反応をしていたのかな、とも思う。それは私がバレー部のマネージャーになって以来、いつの間にか宿っていた、どうにもならない想いから生まれた好奇心なのだろう。
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「名前ちゃんは及川みたいなのがタイプだと思ってた」
だから帰りの道で唐突に花巻先輩からそう言われた時、心の内側を見透かされたみたいで心臓がひゅんとした。前を歩く部員に聞かれていませんようにと願いながら、それでも私は及川先輩の背中を見つめた。
「……突然ですね?」
「正直、付き合うことはないって言ったの驚いた。名前ちゃんにしては言い切ったなって」
私の視線の先にはいつもバレーをする皆がいる。地面に着きそうなボールが上がる瞬間や当たると痛そうと思ってしまうような速いサーブ。安定感のあるトスにスパイク。
その中でも及川先輩は、特に輝いてる。
他校の女の子から人気なのも理解できるし、かっこいいし、ずば抜けてバレーがうまいし。素敵だなって思うけど、でもこれは恋じゃない。恋なんかじゃないのだ。
「だって、私と及川先輩と付き合う想像出来ないんですもん。私いつも及川先輩の背中ばかり見てるから隣にいる自分は考えられなくて。それに意外と嫌じゃないんです。背中ばかりなのも。時々振り返ってくれるくらいがちょうどいいんです。私、及川先輩の事好きですけど、それは恋じゃなくて尊敬とか憧れとか、そういうのなんです。だから及川先輩と付き合うことはないです」
タイプじゃないと言えば嘘になる。でも恋にはならない想いが、私と及川先輩の揺るがない距離なのだ。
だけどそんな時、前を歩いていた及川先輩が振り向いた。漂う夜の香り。月明かりに髪が照って、きれいな瞳は私と花巻先輩を交互に見つめる。
「ちょっと二人で親密に話しすぎじゃない? うちの可愛いマネージャーにちょっかい出すのやめてくださーい」
「ちょっかいなんて出してねぇよ。交流だよ、交流」
「いーや、2人してコソコソ怪しいね! 名前ちゃん、岩ちゃんが肉まん奢ってくれるんだって。ほら、マッキーに手出される前に行こ」
「えっ、あ……」
エスコートするように腰へ手が添えられる。触れられた部分が熱を帯びるような気がした。でもそれは私だけの秘密の温度。だって私は及川先輩の後ろ姿を見つめるだけで十分なのだから。
爽やかな香りが鼻に届く。多分、及川先輩の制汗剤の香り。その香りが届く度、隣にいる事を強く感じる。心を揺さぶるこの香りを恋の香りにはしないと決意しながら歩く。
「説得力のない顔してんぞー」
花巻先輩のその小さな独り言は、私には届かなった。
(16.06.14 / 23.04.25)