白布くんに告白したのは1ヶ月ほど前のことだった。駄目で元々。自分の気持ちを伝えるだけは伝えよう。そう思ってした告白だった。……いや、少しは期待した。1パーセントでも希望があるならと願いを込めた。そんな気持ちで挑んだ告白は、まさかのまさかで成就した。
 聞き間違いかなと思ってしまうくらいにそれは私にとって奇跡的で、現実が夢なのかもわからなくなってしまうほどだったけれど、白布くんが言った「よろしく」の言葉に溢れ出すのはもう喜びだけだった。

 そして現在に至る。

 白布くんが廊下を歩いているところを見つけて、私は小走りで駆け寄る。さらりと揺れた前髪。暑さも寒さもものともしないような瞳に私が映った。

「白布くん、今日も部活?」
「そうだけど」
「⋯⋯やっぱりそうだよね」

 バレーボールの強豪校である白鳥沢。ほぼ毎日ある練習に、今でも私たちは恋人らしい時間を過ごせないでいる。
 肩を落とす私とは対称的に白布くんは表情を変えない。やっぱりこんな風に求めているのは私だけなんだろうか。私だけが白布くんのこと好きなんだろうか。

「頑張ってね。もし疲れてなかったら夜とか連絡してくれると嬉しい」
「遅くなるかもしれないけど、それでも良いなら」
「いいよ、全然! 真夜中まで寝ずに待つ」

 一瞬、何かを言いたげな表情をした白布くんは、だけど何も言わず「じゃあ」とだけ別れのセリフをはいて自分のクラスへと戻っていった。

「ねえ、ふたりってさ」

 短い時間だったけど話せただけで幸せ。そんな風に浸る私に、近くで見ていた友達が声をかける。

「彼氏彼女っていうか、飼い主と犬みたいだよね」
「⋯⋯えっ!」
「白布くんの話してるときの名前ちゃん、尻尾ついてる気がする」

 確かに嬉しくて尻尾があるなら振りたいくらいだけど私達は彼女彼氏。それ以外、あってはならない。

「そ、そんな⋯⋯」
「白布くんの性格もあるのかも。彼女に対してもあっさりっていうか、白布くんがデレデレするところとかちょっと想像つかないな」
「デレデレ⋯⋯は確かにないけど」
「あ、いやそもそもあの白布くんが誰かの告白受けるなんてびっくりだったし!」

 でも思い返してみたら、白布くんから好きって言われたことがない。私ばかり好きだと言っているし、部活があるからとデートらしいデートもしたことがない。
 これは由々しき自体なのかもしれない。

「⋯⋯白布くんと話し合う」
「え?」
「白布くんに好きって言ってもらう!」

 そうして私は授業が終わった後、白布くんの部活終了を待つことになったのである。
 誰もいない教室。暮れゆく外の景色。月がくっきり見えるようになった頃、ようやく白布くんからメールの返事がきた。

『は? まだ教室いんの?』
『うん。もしかして白布くん、部活終わった?』
『終わって、玄関にいる』
『じゃあ玄関行くね!』

 教室を飛び出して生徒玄関へ向かう。誰ともすれ違わない廊下。学校の時が止まっているみたい。階段の踊り場で勢いを殺さず翻ると、その下に、驚きと焦りに色を染めた白布くんがいた。

「白布くん!」
「⋯⋯名字」
「玄関で待っててくれて良かったのに」
「いや、まあ⋯⋯そうだけど、まさか残ってるとは思ってなかったし。部活の先輩いたし」
「ごめんね。急だったよね」
「⋯⋯とりあえず遅いし家まで送る。話したいこと聞くから」

 前置きもなく、雰囲気を作り上げることもなく「好きって言って」なんてお願いできない。並んで玄関まで行って、靴を履き替えて。外に出てようやく深く呼吸が出来た。

「きょ、今日の部活はどうだった?」
「え⋯⋯別に、普通」
「そ、そっか。普通かぁ」

 話題は悲しくなるくらいすぐに終了した。ここからどうやって本題に移したら良いんだろう。考えれば考えるだけ答えが出なくなっていくような気がして、私は覚悟を決めた。

「あのさ、白布くん」
「ん、なに?」

 立ち止まり、その名前を呼ぶ。眉を寄せて見上げると揃えられた前髪の下にある2つの瞳が夜の色に染まっていた。きれい。美しい。やっぱり白布くんは私の視線を奪う。
 
「今日、友達に言われて。私と白布くんは恋人同士って言うより飼い主と犬みたいだねって⋯⋯あ、私のほうが犬なんだけど」
「うん、まあ⋯⋯だろうな」
「⋯⋯私、白布くんから好きって言ってもらえたことない」
「は?」

 珍しく白布くんは目を開いた。困ったように髪を掻き、斜め下に視線をそらす。そんな顔させたいわけじゃない。
 でも、ここまできたらもう引き下がれなかった。玉砕覚悟で告白した日のことを思い出す。近付いて白布くんの服の裾を握り、私は続ける。

「だから、言って欲しい。白布くん、私のこと、好き?」
「⋯⋯どうでもいい相手のこと家まで送ったり、夜に連絡したりするほど俺は出来た人間じゃない。つまり、そういうことなんだけど」

 白布くんが顔を背けたのはその問いかけが嫌だったわけじゃない。きっと恥ずかしくて、赤くなってしまう顔を隠したかったから。耳が赤くなっていることに気が付いてそう確信する。
 心が軽くなって、失いかけていた自信を取り戻した。私たちは犬と飼い主なんかじゃない。誰になんと言われようと彼女と彼氏だ。

「やだ。わかんない。好きって言って」

 食い下がる私を見つめながら白布くんは溜息を吐いた。それは、降参の白旗が振られた合図。

「⋯⋯⋯⋯好きだ」

 たっぷり間を開けて、か細い白布くんの声が夜に浸透する。耳に届く音は胸をくすぐって、形のないもので満たされる。

「私も白布くん大好き」
「⋯⋯そうかよ」

 どちらからともなく手が重なる。帰路は短い。でも、こうしていられるだけで最高に幸せだ。

(16.12.10)