長かった髪をばっさりと切ったのに理由はない。
敢えて理由をつけるとするなら、髪を結ぶのが面倒だったとか、お風呂上がりに髪を乾かすのが面倒だったとか、そんなところ。
美容室で担当してくれたお姉さんはショートのメリットを色々と教えてくれたけど、ごめんなさい、短くなっていく自分の髪の毛を見つめることに必死で内容はもう覚えていない。
今までは少し俯くと視界に入っていた毛先がもう見えなくなったのがとても新鮮で、少し不思議な気分だった。気持ちが軽いというのは、こういう時のことを言うのだろう。耳のあたりで揺れるのがたまにくすぐったくも思えるけれどきっといつか慣れる。
「え、なに、お前どうした、それ」
「別に何もないよ。切っただけ」
部活に行って真っ先に声をあげたのは黒尾だった。ぎょっとした顔で私を見つめる。なに、その顔。そんなに変? 私は結構、悪くないと思うんだけど。
「なんつーか、前のほうが良くね?」
「失礼じゃない? 嘘でも似合ってるって言いなよ。自分が髪長い子が好きだからってそこまでズバッと言うのはどうかと思う」
「んー……夜久はどう思う?」
黒尾が意見を求めたのは夜久だった。作業していた手を止めて、私をじっと見る。この人に見つめられることに、私はいつまでも慣れない。普通でもいいから、せめて似合わないとだけは思わないで。そう願うのか精一杯だ。
「俺は良いと思うけど」
「えっ本当に?」
「夜久はショートすきだもんな」
「黒尾は余計な一言挟むね!?」
「ロングも良かったけど俺はショートのほうがいい」
「や、夜久……!」
黒尾は私の反応を面白がってあえて優しくない態度をとったりするけれど、そういう時、夜久はそれを補填するように優しい言葉をかけてくれる。
黒尾も根はいいやつだし、この音駒男子バレー部はなんだかんだ私にとって居心地が良い。私達は3年で、終わりがもうそこまで近づいていることはわかっているけれど、できるだけ長くこの日々が続けばいいのにと思う。
「似合ってる、髪」
「あ、ありがとう……」
「なんで髪切ったんだっけ?」
「え?」
「長かったのにばっさり切るって結構勇気必要じゃん? そういうの男にはわかんねぇし」
夜久にそう問われたのは、その日の部活終わりの帰り道だった。帰る方向が同じなのは夜久だけで、部活が長引いたり、日の入りが早い冬なんかはこうやって夜久が私を家まで送ってくれる。
ルールではないけれど、唯一の女子マネージャーだから多分皆なりに気を使ってくれてるんだと思う。
「なんとなく」
「なんとなくで切れるもん?」
「どうかな。人によるのかな」
髪を切って、私の何がどれくらい変わるのかはわからない。でももし変わる何かがあるのなら、この関係性もそのうちの1つであってほしい。ほんの少しだけでもいいから。
「さっきも言ったけど似合ってると思う」
「夜久がショート好きなんて知らなかったな」
嘘。本当は知っていた。
「もちろん中身も重要だけどな」
髪を切ったことに敢えて理由をつけた。髪を結ぶのが面倒だったとか、お風呂上がりに髪を乾かすのが面倒だったとか。
でも本当は嘘なんだ。聞いちゃったんだよね、夜久は髪の短い子が好きなんだって。絶対に言えないけれど。
「でも私は可愛くなれるなら可愛いのがいいな」
「名字は性格も良いし、ショート似合ってるし俺は良いと思うけど」
「え、本気で言ってる?」
すり抜ける風が冷たい。えりあしにかかる髪の毛がなくなるだけでこんなにも寒いって思うんだ。こんな変化にもいつかは慣れていくんだろうか。きっともうしばらく髪を結うこともない。
「悪くないだろ、性格」
「そっか……」
夜久の言葉の意図はわからなかった。でも嬉しい事には変わりなくて、私はもう髪の毛で隠しきれないと分かっているのに口角が上がるしかなかった。
「⋯⋯私は、夜久に可愛いって思われるの嬉しい」
「⋯⋯え?」
「そのままの意味」
「そのままの意味ってお前⋯⋯」
夜久の頬が薄く色付く。
少しは自惚れてよ。そして少しは私が髪を切った理由を考えてみてくれたら嬉しいんだけどなあ。
(16.11.20)