――孤爪くんってカッコイイよね。
 ――わかるわかる。実はイケメンだよね。
 ――彼女いるんだっけ?
 ――どうだろ。本人に聞いてみる?

 そんな声が聞こえるようになったのは冬休みがあけた頃からだった。理由は分かっている。春高だ。春の高校バレー。優勝こそしなかったものの、強敵を相手に研磨たちは熱のこもった戦いを私たちに見せてくれた。
 だからこそ気づかれてしまったのだ。研磨のかっこよさが。これまで研磨の事を意識していなかった女の子たちに!
 なんとなく面白くなくて、歩く速度は遅くなる。せっかく久しぶりに一緒に帰れるというのにこんな気持ちになるなんて自分でも良くないと思うけれど、心のモヤモヤは勝手に育ってゆく。
 とられるとか思ってないし、浮気されるとかも考えてないし、むしろ研磨のかっこよさに気付くの遅いよって言いたい気持ちもあるけれど、でも、なんていうか、それだけじゃなくて。

「研磨」

 ままならなくて呼んだ名前に、階段の踊り場で立ち止まった研磨が振り返る。
 表情は至って普通。先程すれ違いざまに聞こえた会話を研磨だって聞いていたはずなのに、話題にされた本人は全く気に留めていないようだった。

「え。なに、その顔」

 窓から差し込む西日が研磨の頬を照らす。少し眩しそうにする研磨を見つめながら、耳に届いた会話を聞いてモヤモヤしてましたって素直に言うべきなんだろうかと考える。
 本音を言えば研磨はなんて返答をするだろう。困らせるかな。呆れるかな。めんどくさい彼女だって嫌になっちゃうかな。

「なんでもない……」
「なんでもないって顔してないけど」

 今、自分がどんな顔をしているのかわからないままおもむろに口を開き、言葉を絞り出す。

「……研磨、モテるなーって」
「別にそんなことないでしょ」
「いやいやそんなことあるよ。かなりモテてるよ……波来ちゃってるよ……!」

 食い気味に言えば、研磨のちょっと困ったような顔。
 やっぱりめんどくさいって思われた。絶対思われた。

「だったとしても、なんとも思ってない人に好かれても嬉しくないし」

 研磨の事だから取り繕う意味で言ったわけじゃないと分かっているものの、事も無げに淡々と言う様子はある意味で冷酷だと思ってしまった。
 変に期待をさせない、という点では安心だけど、でもこんな面倒な彼女のままだったらいつか私も研磨にとっての「なんとも思ってない人」になってしまうかもしれない。
 そんな事が頭をよぎって私の気分はまた沈む。

「私、ある日突然研磨にふられそう……」
「どういう思考したらその考えになるの。名前の情緒忙しすぎ」

 呆れた顔の中にある柔らかい表情。

「だって研磨あんまり好き好き言ってくれないし……」
「言ってほしいの?」
「ええ、うーん……。なんか、ちょっと、それはそれで違う、かも?」
「なにそれ」

 歩き出した研磨は、だけど、すぐにまた立ち止まって振り返った。
 西日は相変わらず研磨を照らしている。ほんの少し揺れる瞳。今度は研磨がゆっくりと口を開く。

「……手、繋ぎながら帰る?」
「え、え、でも誰かに見られちゃうかもよ? 研磨、そういうあんまり好きじゃないよね?」
「まあ好きか好きじゃないかで言えば好きじゃないけど」

 金色の細い髪の毛が研磨の顔に影を落として、遠くから聞こえる誰かの声が、一層遠くなった気がした。

「でも、名前はそういうのしたいタイプでしょ」

 うん、そう。したい。部活で会えなかった分、いっぱいくっつきたい。なんなら今すぐ抱きつきたいくらい。だけどその衝動はぐっと堪えて。

「し、したいタイプです!」

 研磨の気が変わらぬうちにと慌てて言うと、研磨は緩く笑った。それだけで私の気分は晴れるのだから、我ながら単純だ。
 これからもたまにモヤモヤしちゃうかもしれないし、時々研磨のこと困らせちゃうかもしれないけど、私はその度に研磨の手のひらで転がされながら機嫌を治していくのだろう。
 今日、この瞬間みたいに。

「研磨大好き」
「はいはい」

 待ちきれなくて手を伸ばす。研磨は何も言わず握り返してくれる。
 ちょっと面倒くさい彼女だけど、これからも好きでいてね。ずっとずっとね。