寒さが冬を彩る11月下旬の夜、翔陽からメッセージが届いた。
『すげー綺麗だから名前に見せたくなった!』
添えられていた空の写真には、砂金を落としたみたいに星の光が散らばっている。肉眼ならもっと輝いているんだろう。空を見上げることも出来ない今を憂いながらも、口角はゆるやかに上がる。
『いいなぁ。こっちは雨だからなんにも見えないよ』
『え、まじ? 大阪はめっちゃ天気! 月も綺麗!』
今度はぽっかり浮かぶ月の写真が届いて心にほんのりと温かさが灯る。
『本当だ、すごく綺麗』
『だろ! そっちは寒い?』
『うん。昨日より寒い』
『ちゃんと温かくして寝ること!』
翔陽のお兄ちゃんの部分がみえて笑みが増してしまう。いくら傘をさしているとは言え、周りに人がいなくて良かった。さすがにスマホを見つめながらニヤニヤするなんて不審者すぎる。
『翔陽も暖かくしてね』
1年前、ブラジルから帰国した翔陽とは今も遠距離恋愛が続いている。日本に戻ってきたと思ったのも束の間、MSBYのトライアウトに受かった翔陽はすぐに大阪へと発った。
ブラジルに比べたら大阪なんて全然近いし、私も東京で働いているし案外なんとかなるでしょと当初は楽観視していたけれど、1年経った今、約500キロは全然近くないのだと痛感する。
雨の下にいる私と月明かりの下にいる翔陽。約500キロはそういう長さだ。
『雨、早くやむと良いな』
『夜明けにはやむみたい。明日は星が見られるといいけど』
翔陽に会いたい。
同じ傘の中を歩いて、同じ場所に帰って、明日の話をして、そういう当たり前のことをしたい。
時折やってくるどうしようも無い衝動が心を揺さぶる。だけど明日は水曜日で、ここは東京で、翔陽は大阪で、そんな色んな要因が集まって私の願いは叶わないのだ。距離約500キロとはやはり、そういう長さだから。
会いたいと文字を綴って、消した。伝えて何か変わるわけでもない。困らせるくらいなら伝えない方がいい。
雨の音。濡れた地面。白い息。ここに翔陽がいるだけで全部が完璧に変わるのになぁ。
『今、帰り道?』
『うん』
『じゃあ名前が家に着くまで電話しよーぜ!』
うん、と返信すればすぐに電話がかかってくる。
『名前!』
「翔陽、今日も元気だね」
『もしかして疲れてる?』
「残業で疲れてたけど翔陽の声聞いて元気になった」
『俺も名前の声聞けて嬉しい』
心地の良い声色が雨音を遠ざける。耳元で声が聞こえるのに触れられないもどかしさはあるけれど、今夜はこれが私と翔陽を1番近づける時間。
「大阪はあんまり寒くないの?」
『んー宮城に比べたら暑いけどブラジルに比べたら寒い!』
「あはは。だろうね」
『もっと寒くなったら名前がくれたマフラー使う』
「うん」
不意に会話の区切りがやって来る。時が止まったみたいな。
雨の染みたコンクリートを歩いて、雨音がまた少し近づいて、でも意識だけは翔陽の声を拾おうと集中している。
話題、何かこっちから振った方がいいかなと思った折、声が届く。
『名前に会いたい』
「……うん。私も翔陽に会いたい」
何度どこでもドアがあれば良いのにと願っただろう。何度羽が生えたら良いのにと想像したことだろう。
こんな妄想は絶対に現実にならないけれど、考えずにはいられない。
『もう少ししたらそっちで試合あるから、着いたらすぐ名前のとこ行く』
「すぐ? あはは、本当に?」
『すぐ!』
「そっか。じゃあ待ってる」
『試合も頑張る!』
「私も試合の応援頑張る」
『もう少しだな』
「もう少しだね」
電話の向こうで翔陽が笑うのを感じた。
今はまだすぐに会える距離ではない。これからも会いたいと思うし、どこでもドアが欲しいって願うけど、会える日の為にたくさんの愛を温めておこう。身体いっぱいに想いを詰め込んで、思いっきり抱きついたら翔陽が笑ってくれるように。
(24.09.01)
『すげー綺麗だから名前に見せたくなった!』
添えられていた空の写真には、砂金を落としたみたいに星の光が散らばっている。肉眼ならもっと輝いているんだろう。空を見上げることも出来ない今を憂いながらも、口角はゆるやかに上がる。
『いいなぁ。こっちは雨だからなんにも見えないよ』
『え、まじ? 大阪はめっちゃ天気! 月も綺麗!』
今度はぽっかり浮かぶ月の写真が届いて心にほんのりと温かさが灯る。
『本当だ、すごく綺麗』
『だろ! そっちは寒い?』
『うん。昨日より寒い』
『ちゃんと温かくして寝ること!』
翔陽のお兄ちゃんの部分がみえて笑みが増してしまう。いくら傘をさしているとは言え、周りに人がいなくて良かった。さすがにスマホを見つめながらニヤニヤするなんて不審者すぎる。
『翔陽も暖かくしてね』
1年前、ブラジルから帰国した翔陽とは今も遠距離恋愛が続いている。日本に戻ってきたと思ったのも束の間、MSBYのトライアウトに受かった翔陽はすぐに大阪へと発った。
ブラジルに比べたら大阪なんて全然近いし、私も東京で働いているし案外なんとかなるでしょと当初は楽観視していたけれど、1年経った今、約500キロは全然近くないのだと痛感する。
雨の下にいる私と月明かりの下にいる翔陽。約500キロはそういう長さだ。
『雨、早くやむと良いな』
『夜明けにはやむみたい。明日は星が見られるといいけど』
翔陽に会いたい。
同じ傘の中を歩いて、同じ場所に帰って、明日の話をして、そういう当たり前のことをしたい。
時折やってくるどうしようも無い衝動が心を揺さぶる。だけど明日は水曜日で、ここは東京で、翔陽は大阪で、そんな色んな要因が集まって私の願いは叶わないのだ。距離約500キロとはやはり、そういう長さだから。
会いたいと文字を綴って、消した。伝えて何か変わるわけでもない。困らせるくらいなら伝えない方がいい。
雨の音。濡れた地面。白い息。ここに翔陽がいるだけで全部が完璧に変わるのになぁ。
『今、帰り道?』
『うん』
『じゃあ名前が家に着くまで電話しよーぜ!』
うん、と返信すればすぐに電話がかかってくる。
『名前!』
「翔陽、今日も元気だね」
『もしかして疲れてる?』
「残業で疲れてたけど翔陽の声聞いて元気になった」
『俺も名前の声聞けて嬉しい』
心地の良い声色が雨音を遠ざける。耳元で声が聞こえるのに触れられないもどかしさはあるけれど、今夜はこれが私と翔陽を1番近づける時間。
「大阪はあんまり寒くないの?」
『んー宮城に比べたら暑いけどブラジルに比べたら寒い!』
「あはは。だろうね」
『もっと寒くなったら名前がくれたマフラー使う』
「うん」
不意に会話の区切りがやって来る。時が止まったみたいな。
雨の染みたコンクリートを歩いて、雨音がまた少し近づいて、でも意識だけは翔陽の声を拾おうと集中している。
話題、何かこっちから振った方がいいかなと思った折、声が届く。
『名前に会いたい』
「……うん。私も翔陽に会いたい」
何度どこでもドアがあれば良いのにと願っただろう。何度羽が生えたら良いのにと想像したことだろう。
こんな妄想は絶対に現実にならないけれど、考えずにはいられない。
『もう少ししたらそっちで試合あるから、着いたらすぐ名前のとこ行く』
「すぐ? あはは、本当に?」
『すぐ!』
「そっか。じゃあ待ってる」
『試合も頑張る!』
「私も試合の応援頑張る」
『もう少しだな』
「もう少しだね」
電話の向こうで翔陽が笑うのを感じた。
今はまだすぐに会える距離ではない。これからも会いたいと思うし、どこでもドアが欲しいって願うけど、会える日の為にたくさんの愛を温めておこう。身体いっぱいに想いを詰め込んで、思いっきり抱きついたら翔陽が笑ってくれるように。
(24.09.01)