手を繋いだだけで心臓がこんなにも高鳴るんだから、キスをしたら私はどうなってしまうんだろう。童話のお姫様はキスで眠りから目覚めるのがセオリーだれど、私はもしかしたら緊張のあまり死んでしまうかもしれない。
 ずっとそんなことを思っていたのに、いざ唇と唇が重なっても私の心臓はたゆむことなく動き続けていた。でも心拍が徐々に上がっていくのが自分でもわかって、全身を脈打つこの音が影山に伝わらないことを密かに、そして強く願った。

「⋯⋯悪い」
「う、ううん」

 突然のキスだったからだろうか、唇が離れた瞬間、影山が口にしたのは謝罪の言葉だった。緩く頭を左右に振る。影山の顔を見つめたいけれど、自分の顔は見られたくない。我儘な矛盾を抱えたまま、ゆっくりと下がる視線。影山の制服の裾を見つめると、先程の感覚が蘇る。
 家の前で自分がこんな大胆な事をする日が来るなんて夢にも思わなかった。もし近所の人に見られたら。もしお母さんが家から出てきたら。そんな心配が頭を過ぎっていたものの、近づく影山の唇を、私は受け入れた。

「……えっと、送ってくれて、ありがとう」
「いや、俺も勉強教えてくれて助かった」

 影山はバレーが出来ないって不満に思っているだろうけど、普段一緒に帰ることが出来ない分、テスト期間中はこんな風に一緒にいられる時間が増えて私は嬉しい。
 それでも終わりの時間はやってくるわけで、忘れられない感覚を抱えたまま私は玄関ポーチの柵に手をかけようとした。だけど、そんな私を影山は引き留める。

「なあ」

 声と共に夜風が間を過ぎる。

「もう一回、したい」

 心臓が止まるかと思った。でもやっぱり私の心臓は動き続けている。ドクドク、というよりもバクバク、と言ったほうが正しいかもしれない。
 人が死ぬまでの心拍数は決まってると聞いたことがあるけれど、私はこのままだと影山が原因で早死してしまうんじゃないだろうか。
 もう一回あの感覚が唇に乗るのかと思うと断る事なんて出来なかった。好奇心と背徳感が心地良く混ざり合う。
 私が小さく頷くと影山は腰を屈めた。いつもは見上げる距離だけど今は眼前に無愛想で愛しい影山の顔がある。キスをするんだって意識させられる。心のままに強く瞼を閉じた。
 唇が触れる。無意識に影山の制服の裾を握っていた。
 そして次の瞬間に離れる唇と、私を見つめる瞳。

「⋯⋯恥ずかしいから、あんまり、顔、見ないで」
「俺は見たい」

 ここ、私の家の前なんだってば。人の気配はないけどいつ誰が通るかなんてわかんないんだって。それになんでそんなに余裕そうな顔してるの。私ばっかりこんなドキドキしちゃって馬鹿みたいじゃん。

「……影山のバカ」
「は? なんでだよ」

 どうにか絞り出せたのはか細い声。恨めしく見つめても影山には私の気持ちは何も届かないようだった。
 唇に残った熱が消えない。心臓は今も動き続けている。こんなにも早く脈を打つのだから、やっぱり次こそは影山とのキスで死んでしまうのかもしれない。

(15.11.02 / 23.04.29)